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バイトが終わった帰り道。陸橋を昇ったところで黄昏時になった。
沈み往く太陽で世界が赤く染まりだし、昼と夜、現実と幻想の境界がぼやけだす。
視界が開けるほどに広く空中庭園のような陸橋の上はいつもなら誰かしら通行しているはずなのに、夕日に溶けるように誰もいなかった。
俺だけがいる陸橋の上、すうっと先が消えてない手首だけが浮いていた。
手首はゆらゆら上下しておいでおいでと誘っている。
俺が訝しみその場に止まっていると、手首が増えていた。
一つから二つ、おいでおいで俺を誘う。
こっちは楽しいよと手は誘う。
瞬きすると、三つ四つ三つと増えている。
こっちは仲間がいるよと誘う。
うざいと思ってみれば、七つ八つ九つ十と増えている。
一人は寂しいでしょ。
おいでおいでこっちは友達もいるよ。
無数に増えていく手首が俺を誘う。
いい加減にうっとおしい。追い払ってやろうと一歩踏み出そうとしたところで、凜と鈴の如く堅く澄んだ声がした。
「誘いの乗っては駄目」
声の方を見れば夕日から滲み出てくるように少女が世界に入ってきた。
三つ編みに束ねた黒髪に赤い簪をした少女。
身に纏っているのは紺のブレザー。
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