ユキ

2/13
111人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
 座った席から見えるのは、森林豊かな庭園。雨に濡れた色とりどりの薔薇が、雨粒のドレスを着て、輝いている。  私はガラス張りになったレストランからじっとそれを見ていた。私以外に、客はいない。少し離れた場所に、微動だにしないウェイターがいて、そいつがさっきから一歩も動かないことに、不安を覚えた。  到着した時に、このウェイターに席を通されたが――おそらく私と同じベータ種だと思うが、落ち着かない。多分、ここが静か過ぎるせいもあるんだろう。今日は珍しく、端末から警報音が鳴らなかった。  外を眺めていたら、また雨が降ってきた。今日は雨が降ったりやんだり、天気が安定しない。空は水で薄まったような鼠色をしていて、どんよりとした気持ちになってくる。  明日は出兵なのに。  私はベータ全統服――黒に近い藍色をしたズボンのポケットから、軍から支給された端末を取り出した。明日の天気を調べるためだ。せめて明日は晴れてくれよと願いながら、天気予報のアプリをタップしていると 「ユキ」  と頭上から声がした。顔を上げるとマノメ・ヨシユキが立っていた。肩が上下しているから、急いできたのかもしれない。私はマノメの服装に、さっと目を走らせた。  マノメのスーツは、私のようなもうずっと同じ服しか着用してないベータにも分かるくらい高価なものだった。なんだかよくわからないが、そこはかとなく光沢があるような。昔見た、映画007のジェームズ・ボンドが着ているようなスーツだった。  マノメから指定されたレストランだったので、ドレスコードというものがあるのだろうと漠然とは予想はしていた。  ただ私のようなベータは、国が定めたベータ全統服と華美ではない装飾類以外は、身に着けられないので、こんなみっともない姿で上等な店に来てしまった。作業着というか、学生時代のジャージみたいな野暮ったい服。自由な服装が許される身分は、もちろんアルファだけだ。  こいつ。 「ネクタイ、どこのブランド?」 「え?これ?ブリオーニ」 「ぶりおーに?」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!