マノメ・ヨシユキ

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 跡継ぎはマノメ家の血が流れているアルファである、という条件に当てはまってさえいれば、別に僕で無くても良いのだ。マノメ家の血を継いでいる、これだけが何よりも重要なことだと、繰り返し聞かされた。  父と母がいくら打算で夫婦になったとしても、愛情が芽生えていれば何か変わったのかと言えば、そうでも無い。赤の他人同士、どんな親密な関係になろうと、お互いへの感情が無くなれば、あっけなく経ち切れる関係だ。  愛情だ、友情だ、目の見えない不確かなものを、よく信じられるものだ。いつ霧散してもおかしくない情よりも、血のつながりだけが本物ではないか。  僕は父と母に対して、何の感情も持ち合わせていない。でも僕は、父と血がつながっているというだけで、マノメ家の跡取りなのだ。僕の存在は、血のつながりだけだった。  血のつながりという存在意義しか無い僕が、彼女と会ったのは、今から二十年以上前の六歳になった時だった。  父親が外のオメガに産ませた、貴方と同い年の子よと、母親が淡々と説明してくれた。母が特に感情的にならなかったのは、彼女――ユキがベータだったからだろう。彼女がアルファだったら、父の関心の度合いも違ってくる。  実際、ユキはアルファに劣らない優秀なベータだったが、ベータ性だというだけで、マノメ家から実害のないものとして扱われていた。  父が、お前の友達だ、と別宅に付いてきた僕に、ユキを紹介した。あの時の、まさしく雷に打たれたような衝撃は、未だに忘れられない。  僕と同じくらいの背丈に、癖毛の強い黒髪が肩で波打っていた。父と同じ鷲鼻を持った女の子。見た目よりも、彼女から匂う、甘い香りに強く惹きつけられた。  頭がくらくらした。この匂いは嗅いだことがある。庭に植えられた、クチナシだ。真っ白くて、八重咲きのクチナシは、薔薇に似ているのだ。彼女の白い頬と同じ色の花を、僕は思い出して、体が動けなくなった。  ユキはぎゅっとズボンの端を握りしめながら、おそるおそる僕に近づいてきた。匂いが強くなって、頭がおかしくなりそうだった。 『ヨシユキ?……今までどこにいたの?』 『どういう意味?』 『すごい甘い匂いがするから…』
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