マノメ・ヨシユキ

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 何気なく、車内から外を眺めると、灰色一色の風景が視界いっぱいに映る。天気の悪さが、ユキが着ていた黒っぽい藍色服一色の人々と相まって、暗い世界を作り出していた。  ベータ全統服を身に着けた人々に混じって、緑色の作業服がぽつぽつと顔を出す。緑色にはセットで、必ず黒色のリングが首に付いている。つまり緑色の作業服を着た人々は、オメガであることを示している。  僕はオメガの隣に、健康第一とワッペンを付けた職員を確認する。彼らは常に白っぽい白衣のような服を付けていて、外を出歩くオメガの隣に必ずいるのだ。  優秀なアルファを宿す、神聖な器であるオメガが、凡庸なベータに暴行されないため。彼らはボディガードのために付き添っている……表向きはね。  僕は涙で顔がぐちゃぐちゃになったユキを思い出した。彼女のような正義感が強くて、不器用な人間は、この社会の建前に耐えられないだろう。多くの人間が建前を受け入れたふりをして、見て見ぬ振りをする。  職員が携帯している拳銃は、オメガ逃亡防止のためだ。国民健康維持センターで再教育の見込み無しと判断されたオメガはコミュニティで処刑されるよりも、職員に射殺される事が多い。  静かな車内で、笑い声が響いた。バックミラー越しに運転手と目が合い、それが僕の口から出たことに気付いて、口元に手をやる。  ユキが僕の手を取ることは無いだろうと、予想は付いていた。最終宣告だったが、それでも彼女は首を縦に振らなかった。  彼女の性格なら、手に取るようにわかる。自分だけアルファに助けられて、徴兵を逃れることなど、良しとしない人だ。案外、あんな人間がベータには多いのでないかと、思わされる。  自分だけ助かるなんてできない。だからみんなと一緒に死ぬ。他者を思いやる優しさが強いのだろう。だけどその思いやりが、この灰色の世界を生み出してしまった。  僕はこの国からいずれ出口が無くなってしまうことを、父の口から聞いていた。けれどユキには、オメガの夫を連れて逃げろとは、忠告しなかった。  だってこの国がどうなろうと、僕の願いが成就するわけでも無く、心の底から欲しいと願ったものは決して手に入れられないのだ。どうでも良かった。  ああ、でもユキから取り上げることはできた。
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