マノメ・ヨシユキ

5/13
前へ
/39ページ
次へ
 外が森林豊かな風景に変わった。車が、マノメ家の門につながる道に入った。明日は忙しい。僕はマノメグループの化学系メーカーを任されている。会議が終わったら、コミューンに出向く。大事な仕事が待っているのだ。  僕はいつになく、調子の良い自分を自覚した。精神からくる喜びは、健康な肉体を保つのに欠かせない。 『ねぇ、ユキ。僕も明日、国への奉仕活動があるんだ……彼に、何か伝えたいことはある?』  涙に塗れたユキに、僕は優しく声をかけた。  僕とユキは魂の番である証拠を示すものは無かった。けれど僕は、彼女の心の中を読み取れる。  幼少期から、順調に仲を深めた僕達は、話をしなくても、お互いに何を考えているか分かるようになった。ふとした拍子に目を合わせて、二人で『っせーの』とタイミングを合わせて、当てっこするのだ。  相手が今、何を考えていたのか。外すことの方が珍しかった。  いつからだったっけ。ユキが当てっこを気味悪がるようになったのは。 『マサキに伝えて欲しい』  ユキのか細い声は僕の庇護欲をそそった。衝動の赴くまま、抱きつぶしてしまいたくなるのを、理性で押さえつけた。 『うん。何だい』  僕は彼女が何を言うのか、すぐに分った。陳腐で、馬鹿々々しくて、この国のシステムに蹂躙されたてしまった言葉。  頭を下げる守衛の姿が見えて、門が開いた。悠然とした動きで、車が門を通り過ぎていく。運転手も守衛も、うちの使用人は全員ベータだが、ストライキ一つ起こさず、よく働いてくれている。まぁベータやオメガは、アルファにちょっとでも反抗的な態度を取れば、センター行きか召集がかかってしまうから、みんな息を殺して、黙々と働くしかないのだ。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加