マノメ・ヨシユキ

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 来賓口の前で、車は静かに止まった。運転手がドアを開けて、僕は固い地面の感触を確かめながら、外に出た。どんよりとした灰色の雲がこちらに迫ってくるような、圧迫感を感じた。また雨が降り出すかもしれない。 「おかえりなさいませ」 「ああ、帰ったよ」  僕が生まれるよりずっと昔からマノメ家に仕えている家令が、吹き抜けになった玄関前で恭しく頭をさげた。ロマンスグレーの髪を撫でつけた家令は、ほんの一瞬、僕の後ろに、目を走らせた。  もしかしたら、ユキと一緒に帰るかもしれない。と家を出る前に、伝えていたから、確認したのだろう。彼はもちろん、何も言わなかった。 「M―0421と話がしたい。僕の部屋に三十分後来るように、伝えてくれ」 「かしこまりました」  家令が頭を下げて、後ろに下がった。僕は部屋に戻ろうと、奥の間に続く廊下を目指した。「ヨシユキ」と呼び止められて、仕方なく歩みを止めた。中庭の廊下から顔を出したのは、義兄のノブユキだった。 「義兄さん。ただいま」 「……あのベータは」  じろじろと遠慮の無い視線をぶつけられた。義兄のノブユキは、父の弟の息子、つまり僕の従兄なのだが、なかなか子どもができなかった父は、甥を養子にした。義兄はグループの造船業に携わっている。特徴的な鷲鼻が、マノメ家の一員であることを示しているが、僕は彼と分かりあえると思ったことは無い。 「ユキは明日、出兵だよ」 「……そうか」  ふつりと会話が途切れた。もう良いだろうと、僕が歩き出すと、義兄が声をかけてきた。 「お前がどうしてあんな妾腹から生まれたベータに、こだわっとるのか分からん」  僕は義兄に背中を向けたまま、彼の方を振り向かなかった。 「だがお前もこれで踏ん切りがついただろう。アルファは結婚が許されているんだから、マノメ家の時期、家長として義務を果たすんだ。そしてアルファとしての奉仕を忘れるんじゃないぞ」 「ああ、義兄さん。派遣されているオメガなんだけどね、0421はこれから僕の所有にする。父さんもいる時に話すけど、取りあえずうちにいるアルファは、誰も0421に触らないでくれ」
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