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「――ヨシユキ様」
「ああ、入れ」
ドア越しに家令の声が聞こえた。僕はベッドから起き上がり、返事をした。ゆっくりとドアが開き、緑色の作業服を着て、俯いたオメガの姿が見えた。
「それでは、わたくしは失礼いたします」
「ああ、ご苦労様」
ぱたりとドアが閉まると、空気が密閉されたようになった。僕は、昔からユキ以外の人間と長時間、同じ空間にいるのが耐えきれない性分だ。けれど彼は特別だ。彼はユキを形成している一部で、そして僕の欠落した部分を埋める、オメガだ。
「悪いね。急に呼び出して。そこに座って」
僕は紫檀の椅子を、0421に勧めた。こちらを怯えた目で見ながら、ためらいがちに座った0421と、僕はベッドに腰かけたまま向かい合った。
「0421」
「…はい」
「どう?うちに来て一か月半は経つけど、ここには慣れたかな?他のオメガ達とは上手くやれている?」
「はい」
「それは良かった。明日から君は発情期に入るけど、次こそ子どもを作らないとね」
「はい」
彼は俯いて、僕と目を合わせなかった。数年前、ファミレスで無邪気な笑顔を向けてきた彼とは大違いだ。俯いた姿勢から、表情はよく見えなかった。
「分かっているとは思うけど、君はこの半年の間に、妊娠できなければセンターに送られる。そこで不妊だと診断されたら、」
「わかってます」
処分されるんだよ、という忠告は、強い口調に遮られた。0421の、墨が水で薄まったようなぼやけた瞳と目が合った。
目に涙を浮かべているのかと理解して、このオメガはどうして涙を流しているのだろうかと、僕は首を捻った。ユキ以外の、血がつながらない人間が考えることは全く、読めない。
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