ユキ

3/13
111人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
 大昔、といってもそんな昔じゃない。まだ、どんな身分にも、それなりに娯楽があった時代に聞いたことのあるブランドだった。ていうか、ブランドのある服を着ることが許されている人間が存在することに、私は衝撃を受けた。  でもまぁ、私のような明日出兵する、ベータ階級のような人間には、一生無縁のモノだろう。  マノメは席に着くと、俊敏な動きを見せたウェイターからメニュー表を受け取った。 「何か食べるかい?」 「いや、要らない。コーヒーで十分」  私はそう言って、手元に置かれたコーヒーに視線を落とした。こちらでお待ちくださいと席に通された時に、とりあえずコーヒーと注文したのだ。  マノメは頷くと「じゃあ、僕もコーヒーで」と言った。ウェイターは音も無く、私達の席から離れていく。 「ねぇ、ユキ」  マノメが向かい合って、じっと私を覗き込むように視線を合わせてきた。私は昔から、こいつの目に恐怖感を抱いていた。こいつは蛇みたいな、冷たい、温度を感じさせない瞳で、ずっと私を見ているのだ。 「なに?」 「今日、僕と君がこうやって会う意味が、分かっているよね」 「さぁ?そんな真剣な声出して、大丈夫か?〈職員〉がどこにいるかも分かんないのに」  〈職員〉とは、正式には国民健康維持職員と言って、国民の健康と安全を維持する職員と言われている。国の方針に反対する発言やデモをすれば、不健康な肉体と精神であるとチェックを付けられて、こいつらにしょっぴかれてしまう。  反社会的な人間がアルファだったらベータに格落ち。ベータだったら、激戦地に配置。オメガだったら、国民健康維持センターで再教育。それが駄目だったら、コミュニティ送り……という噂が立っている。 「〈職員〉に見つかってみろよ。お前はアルファだから、召集されないかもしれないけど、私は死期が早まるんだ」 「君が戦争に行かずにすむ方法ならあるって言ったよね」  静かな口調だった。ウェイターが忍び寄ってきて、コーヒーカップを置くと、恭しく頭を下げた。  くそっ。こいつ。私の時はちょっと顎を動かすぐらいだったぞ。見た目からアルファだと分かる奴には、九十度のお辞儀をするのか。絶対こいつも私と同じベータの癖に。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!