ユキ

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 アルファとオメガは戦争に行かない。これは国の方針だ。生まれつき優秀な頭脳を持ったカリスマ性のあるアルファはリーダーとして指揮を執り、オメガはアルファの子を産む大切な母体として、国の保護下に置かれた。  というか、職も財産も奪われて、強制的に施設に入れられた。  そう、あの人も、あの日。  太ももで丸めた手が震えた。おぞましい、蓋をした記憶が思い起こされそうになり、私は必死に頭を切り替えた。  すると忍び笑いが聞こえて、ばっと視線を上げると、マノメが意味深な笑みを浮かべていた。 「――そう。この前ね、施設から派遣されてきたんだ。僕のところにね、オメガが。オメガがね」  マノメがオメガ、を二回も強調したことに、私は胸騒ぎを覚えた。何が言いたい。こいつ。私は震える体を悟られまいと、乱暴な仕草でカップを手に取った。白い器に注がれた黒い液体が、波を打った。 「オメガの名前はM―0421。これからマノメ家が所有するから。Mで、名前は確かオメガ自身の誕生日なんだっけ」  4月21日、と数字を月日に当てはめた途端、私の口の端からコーヒーがこぼれた。 「マサキ」  奥二重気味の瞳で、笑うと目が細くなる。反対に、口が大きいのだと気が付いて、あいつの太陽みたいな笑顔に、ついこっちも笑顔になってしまう。  バイトで一緒になって、良い雰囲気になって、お互いが初めてだった。それで、 「ユキ、零れてるよ」  マノメがポケットから、皺の無いハンカチを取り出して、私の口元を拭った。ふわりとマノメの甘い――幼少期から変わらないから家の匂いなんだろう、香りが鼻腔をくすぐった。思わず、彼の手を叩いた。 「やめろ」 「まだ付けているんだね。そんなもの」  マノメの獰猛な瞳は、左手の薬指に注がれていた。光に反射して、鈍い色を放つ、銀色の指輪。私がかつて、戦争が起きるなんてこれっぽっちも考えていなかった頃、二人で選んだ指輪。  指輪の裏には、二人の誕生日を刻印しよう、ハートマークを挟んでね。はしゃいで、甘えた声で、彼にしなだれかかった。
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