ユキ

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 結婚して二年目だった。でも学生時代から付き合っていたから、七年目の付き合いだった。  私はベータで、彼はオメガ。どこにでもいるカップルが、何となく結婚適齢期になって、何となく結婚して、指輪なんか一緒に選んじゃって、身内だけのささやかな結婚式。   目の前にいるこいつは、家族なんだからと参列した。高砂に、笑顔でやってきたっけ。結婚おめでとう。お似合いのカップルだよとか言って。  私は彼の祝福の言葉を、素直に受け止めた。その頃から、マノメの執拗な視線も気にならなくなっていたからだ。  新婚生活だね、と周囲に囃し立てられて、ふわふわと羽毛の上を歩くような生活が落ち着いて来た頃だった。  マサキはアルファを産む、貴重なオメガとして国の管理下に置かれると言って、有無を言わせない役人が迎えにきた。私は乱雑に、軍の施設に放り込まれた。 「君はね」  マノメが内緒話をするように、囁いた。 「なんだよ」 「君は何をしても、僕のものにならないだろうから。半身なのに、悲劇だね」 「お前は自分の妄想に憑りつかれてるだけだ」 「違うよ。僕たちはね、元々母体の中で魂が一つだったのに、手違いでちぎれてしまったんだ。本当は一つになるべきなのに、ね」 「ふざけるなよ」 「だからね、せめて僕は、遠くに行こうとする君が大切にしているものを、貰うよ」  私は目を閉じた。微かに雨が地面に落ちる音が聞こえてくる。今、何時だろうかとふと疑問が浮かんだ。マノメ家のお達しとあり、外出許可を取らずに外に出れた。でも兵士の足と手首には、監視用のチップが入っている。私がどこにいるのか、これで一目瞭然。  逃げられない。  私はマノメと向かい合った。目の前の端正な顔には、直射日光でできた染みも、訓練中の傷一つ無い。陶器のような滑らかな肌と、精巧に配置された顔のパーツは崩れることなく、優美な笑みを作っていた。  毛先から爪の先まで、よく手入れされた美しいアルファは、異様な光を放つ瞳だけが欠点だった。昔からだ。縛り付けるような強い視線を感じると、マノメが笑いながらこちらを見ていた。  私は異母兄弟だとか、彼と血はつながっているんだなと実感したことは無い。代わりに、彼はアルファなのだと。この捕食者の前では、私やマサキはあまりにも無力だと思い知った。
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