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その男の子は、マンションの屋上でコンクリートの床一面に、クレヨンで線を描いていた。
何度も訪れたけれど、いつも誰もいない部屋をノックしていた俺は、屋上の微かな音を聞いて、上っていたら彼が居たんだ。
黒いランドセルが太陽の光に反射して、ちょっと眩しかったけれど、床を見つめて、落書きする男の子には、光なんて見えてなかったんだ。
「何を描いているの?」
普段、自分から人に関わらないのに、話しかけられてから初めてそこに居たんだと認識するぐらい人に無関心な俺が、とても気になった男の子。
幼い男の子のはずなのに、俺と同じ痛みを知っている気がしたんだ。
男の子は顔を上げずに答える。
「見て分からないの?」
半分以下になった青のクレヨンで、男の子は床に力を込めずに線を引いていく。
「とても長い、色鮮やかな二つの線だね」
それしか分からなかったよ。
そう言うと男の子はこちらを見上げた。
「どちらも同じぐらい大切だから、ぼく決められないって先生に言ったんだ」
屋上の床の端から端までに引かれた、長い2本の線。
「そうしたら、選べない程に大切なら、あとは運で選ぶしかないよって」
だから今、『運』で決めているんだ。
手離す方を。
「君の大切なものって?」
男の子は立ち上がると、端までゆっくり歩いてゆく。
そうして、俺を見上げた。
「 お父さん と お母さん 」
一番端まで歩いていくと、端から端からまで引かれた2つの線に横に線を引き始めた。
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