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「すみません、実はこのお店のドアに貼ってある『スタッフ募集』を見て……。詳しい話を聞きたいと思いまして」 「ああ、ありがとうございます。僕はこの店の店長の鈴木信彦(すずきのぶひこ)と言います」  鈴木信彦と名乗った男は、また七海に笑顔を向けた。 「私、石橋七海(いしばしななみ)と言います」 「石橋さんですね。今、人を呼びますので、少しお待ちください」 「――?」  あれ? と七海は思った。  今、この信彦と言う男は自分のことを「店長」と言ったはずだ。店の詳しい仕事内容とか勤務時間とかは店長が話すのではないのだろうか。  店の名前は「田中書店」となっているし、もしかすると、店長の他に店の経営者で「田中」という人物がいるのかもしれない。  信彦は七海に近くのイスに座って待っているように言うと、店の奥のドアの向こうへ消えて行った。  七海はレジ近くにポツンと置かれたイスに座って、信彦を待った。  平日の昼前と言うこともあり、店に客は二・三人くらいしかいない。  明るい店内に、程よい音量で流れてくるジャズの曲が心地良い。    ふと横を見ると、七海が今読んでいるファンタジー小説「魔法使いジョニー」シリーズの最新刊が平積みになっている。  七海は思わず本を手に取ると、パラパラとページをめくった。  そう言えば、金曜日の夜、この本のことを考えながら夜道を歩いていたら、あのふてぶてしい男に会ったんだったな、と七海は思い出した。  主人公の「魔法使いジョニー」が愛用のマントを羽織りながら夜道を歩いていると、後ろから巨大な悪魔がやってきて……。  土曜日、二度寝から目覚めた七海は「いつの間に自分は時間と距離を飛び越えて、早朝の自分の部屋のベッドの上にやってきたのか」と腑に落ちない気持ちのまま、小説の続きを読んだ。  魔法使いジョニーは結局、後ろからやってきた巨大な悪魔に襲われてケガをしてしまう。  そして、倒れているジョニーの前にその国の美しい王女様が現れて、ジョニーを抱きかかえながら自分の城へ連れて行くのだ。
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