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「――すみません、あの」  七海はますます戸惑った表情をした。「あの、ちょっと話がよく飲み込めないのですが……」  七海は今までのことを整理するために「自分はこの本屋さんに何をしに来たんだっけ?」と考えた。  確か、朝通勤したら会社が倒産していて、落ち込みながら道を歩いていたら、ここの本屋の「短期スタッフ募集」のポスターを見つけた。次の仕事が見つかるまで、ここで短期バイトすれば良い、と思ってこの本屋に来たんだ。  そう、自分はこの本屋で働きたいと思って来たんだ。  なのに、金曜日に出会ったふてぶてしい男が突然出て来るし、本屋の店長もいきなりお礼を言って来るし、何がどうなっているのか……。 「おっと! 確かにそうですね。まあ、詳しい話はこれから話します。とりあえず、立ち話も何ですから、ここで僕と晶と三人で話しますか? 今、イス持って来ますから」 「ここって、でも、お客さんが……」  七海は思わず心配になって言った。  自分とこのふてぶてしい男と信彦の三人がこんなレジの近くでイスに座って話し込んだりしたら、他の客の迷惑にならないだろうか。 「――客って、何の話?」  晶が「面倒だな」とでも言いたそうな口調で言った。 「客って、だってお客さんが……」  七海はさっきまで雑誌のコーナーに立っていた主婦らしい女性を指さそうとした。 (――あれ? いない?)  雑誌コーナーに顔を向けた七海は、さっきまで確かに雑誌を立ち読みしていた主婦が突然いなくなっていることに気付いた。 (――でも、確かにさっきまであそこにいたのに!)  店内をキョロキョロと見渡してみると、他にもいた客が忽然といなくなっている。  店の中にいるのは、七海と信彦と晶だけだ。
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