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七海が入ったビルの中は、やけにしんと静まり返っている。
七海はさっきまで抱きかかえていた男の方を見た。男は瞼を閉じて床に倒れたまま、身じろぎもしない。
「――あの、大丈夫、ですか?」
七海は慌てて男の肩を揺さぶった。
もしかすると、ビルの中に倒れ込む時にヘンなところでも打ったのだろうか。ふてぶてしいイヤな感じの男だけど、さすがにケガでもさせてしまったら……。
七海が肩を揺さぶると、男はゆっくりと瞼を開けた。
また、あのビー玉みたいな瞳と目が合う。
男に見つめられて、七海は何だか恥ずかしいような気持ちになって目を逸らした。
目を逸らすと、さっき自分たちが入ってきたビルの入り口のガラス張りの扉が目に入った。
(――あれ?)
七海は自分の目を疑った。自分たちがビルの中に入る直前、確かに後ろで黒いバンがブレーキ音を立てて停まったはずだ。
今見てみると、バンなんて停まっていない。
でも、車が発進する音は、何も聞こえなかった。
「――何、ボーッとしてんだよ?」
男に話しかけられて、七海は我に返った。
「だって、さっき車が停まったのに。今見たら、なくなってるから……」
「車って、何の話?」
「えっ?」
だって、「早くしないと、あの車に追いつかれるんだよ!」って言ってたじゃない? と七海が言おうとした瞬間、男が七海の顔に手の平をかざした……。
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