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「――お前さあ」
七海と葉月の沈黙を割くように、ずっと黙って居た晶が突然口を開いた。「小説書くのやめて、これからどうすんの?」
「取りあえず、別の仕事探します」
「あっ、そう。――じゃあ、それでいいんじゃね?」
「ほっ、堀之内さん!」
晶の軽い口調に七海は思わず目を吊り上げながら晶の方を振り返り、思わず「ハッ」とした。
振り返ってみた晶の表情は、軽い口調とは裏腹に、いつになく真剣な表情だった。
前に信彦から「ソングバード」の本を渡された時にした神妙で真面目な表情の時よりも、葉月が「ここでいつも小説書いたり本を読んだりしてるんです」と言った時にした妙に神妙な表情の時よりも、今の表情の方がずっと真剣だった。
七海は晶の真剣な表情を見て、もしかして、晶は葉月の「ソングバード」が友達の盗作だと言うことを悟っていたのだろうか、と思った。
だから、自分に「あんまりあいつの前で小説書く話とか言うなよ」と言っていたのだろうか。
葉月が友達の小説を盗作したのを悩んでいることを知っていたから……。
葉月に「書けないんだったら、ムリに書かなくてもいいんじゃね?」と言ったのも、筆が進まないことを言ったのではなく、ムリに自分が書けないものを書かなくても良い、と言いたかったのだろうか。
そうすると、葉月とおしゃべりしていたのも、悩んでいる葉月の気持ちを紛らわすためだったのだろうか。
「――ありがとうございます」
晶に「じゃあ、それでいいんじゃね?」と言われた葉月は、晶に深々と頭を下げた。
そして、顔を上げた葉月の表情は、何かずっと背負っていた「重荷」をやっと外すことが出来たような清々しささえ感じられた。
「――じゃあ、失礼します」
葉月は後ろを向くと、七海や晶のことを振り返ることなく、そのままゆっくりと「Tanaka Books」を出て行った。
七海は「Tanaka Books」を出て行く葉月のことを、ただ黙って見送った。
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