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七海は本屋のガラス張りのドアの近くまで行くと、貼ってあるポスターをもう一度よく見た。
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短期スタッフ募集中
本の販売やディスプレイ・レジなど、
他にもいろいろなお仕事をお願いします。
待遇や勤務時間等に関しては、お気軽にお声がけください。
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しかし、どうして長期ではなく「短期スタッフ」なのだろうか。「他にもいろいろなお仕事」の「いろいろ」とは何なのだろうか。
七海は少し気になったが、とりあえず詳しい話だけでも聞こうと思い、本屋のドアを開けた。
ドアを開くと、新しい本のあの独特のにおいが流れ込んで来る。
店内は決して広くはなかったが、本棚や本の配列が工夫されているのか、実際の面積よりも広く感じた。
下は木の床で、天井から下がっている白熱灯の灯りが店全体の雰囲気を優しく温かみのあるものにしている。
思っていた以上にステキな店内だ、と七海は思った。こんなステキなところだったなんて、もっと早く入っていれば良かったのに。
七海は店に入ると、どこかに店員はいないかと辺りをキョロキョロと見渡した。
「――いらっしゃいませ」
七海がキョロキョロしていると、後ろから声を掛けられた。
七海が振り返ると、「Tanaka Books」と胸元に刺繍の入った紺色のエプロンを付けた中年男性がニコニコしながら立っている。
年齢は自分の父親と同じくらいだろうか。背が低めで少々ふくよかなところは「名探偵ポワロ」を思わせる。白髪の混じった髪をバックに流して、口元と顎にヒゲがあった。
七海は中年男性を見た途端、何だかホッとした気持ちになった。男性の笑顔が何とも人懐っこくて優しい。七海はホッとした気持ちになったと同時に、やっぱり自分はさっきまで会社が倒産したことについてひどく動揺していたんだな、と改めて感じた。
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