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アコーディオン式ドアのエレベーターは古いアパートではさして珍しくもないが、最新設備のととのった建物に採用されるのはひとえに見栄え重視だろう。
冷たい鉄のハンドルを取りドアを開くと、呼びつけた庫内に乗り込みついレインに愚痴をこぼしてしまう。
「どうにも、おれはこの引き戸式のエレベーターには慣れん。ふつうに電動開閉式のエレベーターではなぜダメなのだ」
「さあね」
「ぬぬっ。ドアといい、おまえといい、どうしてこうも冷たいのだ」
気のない返事に心まで冷え切りそうだ。肩を落としため息をつくと、「しょぼくれるなよ、オッサン」とレインが上目づかいにものを言う。
内容はアレだが、こやつなりのフォローのつもりだろう。有り難く受け取っておく。
「今日のメインディッシュはハンバーグだぞ。あの総菜屋が提供する料理はどれも旨いが、ハンバーグはまさに絶品だ。なにしろおれの執事もお墨付きだからな」
レインの頭を撫で「子供はみなハンバーグが好きだろう」と笑ってやれば、おれの向こうずねを蹴りあげ「子ども扱いすんなっ。だいたい執事いんのにどうして惣菜なんて買ってんだよ」と睨み返す。
それには痛みで涙目になりながら、執事の破壊的料理の駄目さ加減を説明してやる。
「バスチアンはな、料理ができないのだ」
「どんな執事だよそれ。聞いたことないよ、そんな執事。てかバスチアン……ダサ」
「いいか。バスチアンのまえで名前のことに触れてやるな。あやつなりに気にしているのだ」
親が冗談半分に名づけた笑名だそうだが、それでも両親からもらった名だからと、律儀にも改名することなくこれまで名のり生きてきたのだ。
そっとしておいてやってくれとレインに頼みエレベーターを降りた。
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