第一幕

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 演説の依頼が来てもほとんど相手にしていなかった。名誉市民にしてやるとも言われていたが、何の冗談かと無視していた。  しかし、母親が「このままだと町で商売できなくなる」「忠久が役場をクビにされる」などと泣いて電話してきたため、仕方なく引き受けたのだった。  海辺町はふるさとではあったが、それほどいい思い出があったわけではなかった。東京に出てからは、数少ない仲が良かった連中とも疎遠になっていたし、それ以上に会いたくない連中がたくさんいた。 「まあ、適当に片付けてくるよ」  カゲオは半分自分に言い聞かせるようにつぶやいた。  土曜日、カゲオは収録で疲れた身体ながら、新幹線とローカル線を乗り継ぎ、海辺町に向かった。肌寒くなり始めた時期だったのと、変装の必要からマスクをしておいたが、特に声をかけられることもなかった。  電車に乗るのは久々だった。売れていない頃は地方への営業などでよく乗っていたが、今はスケジュールが詰まっていて、自宅マンションと稽古場とスタジオをタクシーで往復するばかりというのが日々の暮らしだった。一応、運転免許も車も持っていたが、都会の運転は怖いのでほとんどしていない。  ちなみに新幹線ではグリーン車が与えられていた。特別待遇ではあるようだ。 海辺町ではどのように迎えられるのだろうか。     
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