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暫く走ったあとに曲がった角で、壁に背中を預けて足音を確かめる。
乱れた息を殺すように呼吸すると、速い脈が鼓膜を揺らすのが聞こえた。
でも、それ以外に聞こえるものはなくて、上手く逃げきれたんだと、胸を撫でおろした。
その直後、石畳の道を駆ける音が遠くで聞こえて、私は再び全身を強張らせた。
道なりに並ぶ建物に反響して、音の出どころは不明瞭だし、この町は道が入り組んでいて、どこで合流しているか、昨日来たばかりの私には詳しく分からない。
ただ、見つからないことだけを願いながら、目と耳を懸命に働かせる。
「――おい、見失ったのか!」
「でかい声を出すんじゃないよ。まだ、そう遠くには行ってないさ」
自分の鼓動に邪魔されながら、かすかに聞こえてきたのは、追いかけてくる靴音ではなく、2つの声だった。
「うるせぇ! だから、さっさと奪っちまえば良かったんだ!」
「あんな人目のあるところで、やってごらんよ。アタシらは、顔を知られてるんだからね」
「そんなの、見られなきゃ良いだけだろ!」
興奮気味の声は、野太くて、男性のようだった。――今、考えれば、あれは怪力男の声だったのだろう。
そして、冷静になだめようとする声は、ハスキーな女性の声だった。
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