青き血の民

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青き血の民

「姫はどこだ?」  声をかけられ、ゲイルはふりかえった。  騎士仲間のサリムが立っていた。ととのった顔をややこわばらせている。 「いつもどおりだ。夢みる塔にいらっしゃる」  ゲイルが答えると、かたい表情のまま、たずねてきた。 「時が近いやも知れぬ。姫のごようすは?」 「いつに変わらぬ」 「決して、けどられるな」 「わかっている。しかし、まだ早いのではないか? 姫は最後の青の一族だ。このさき、どんな恐ろしい病が蔓延(まんえん)するかも知れぬだろう?」 「それは我々の決めるところではない」  まあ、たしかに、サリムの言うとおりだ。  決めるのは、王。  ゲイルたち騎士ではない。  青の一族が最初に発見されたのは、二千年前のことらしい。人跡未踏の深い森の奥に、一族だけで暮らしていた亜人種。  人類から枝わかれした新人類なのか、あるいは、人類より以前から存在した古い種族なのか、それはわからない。  見ためは、ほぼ人類と同じ。多少の違いはあるにしても。  もっとも異なるのは、血の色だ。  彼らの血は青い。  そして、それは人類にとって魅惑の血だった。  彼らの血は、どんな不治の病でも完治することができる。たとえ、これまでになかった、まったく新しい病でも。  つまり、その病を駆逐できるのだ。  ただし、対応できるのは、青の一族一人の血について、一種の病だけだ。  そのことがわかってからというもの、人類は彼らを決して逃げだすことのできない城郭に幽閉し、つねに監視していた。  そして、新たな病が流行するたびに、城郭から一人をひきずりだして、血の宴をくりひろげた。  おかげで、最初は数十人いた青の一族は、今や最後の少女を一人、残すのみとなった。青の一族は、きわめて繁殖力の弱い種族だ。増える前に減らしてしまったというわけだ。  ゲイルは最後の姫に仕える騎士ではあるが、実質は少女が逃げださないよう送りこまれた、人類がわの監視役。スパイだ。  ほかにも騎士はいるが、どういうわけか、ゲイルだけが姫に気に入られている。  きっと、子どものころから、ずっといっしょにいるからだろう。  ゲイルはサリムと別れると、城の中庭へと出ていった。  そこには城壁にかこまれて、せまい庭と、湖岸に面した塔があった。  塔といっても、三階しかないので、ちょっと縦に長い建物のようにしか見えない。白亜の塔は屋根が青く、見栄えがいい。夢みる塔と呼ばれていた。  青の姫の好きな場所だ。 「姫。ご所望の鳥ですよ。お持ちいたしました」  ゲイルが塔に入っていくと、姫は二階の居間から顔を出した。扉をあけて、らせん階段をかけおりてくる。  先月、十六になったばかりの、人ではない人。  見たかぎり、あまり人と違うところはない。  ただ、血の色が青いから、その肌は透きとおるように白い。くちびるは青く、瞳は澄んだマリンブルー。  銀色の髪の少女は、その美貌とあいまって、生きている者とは思えないほど魅惑的だ。  この神聖な生き物が、まもなく死ぬのか?  数年前から流行りだした病が、今や人界で猛威をふるっていた。宮廷の貴族も何人か倒れた。  しかし、この病は必ず死ぬわけではない。いや、むしろ死亡率は低い。百人の罹患者がいれば、そのうちの二名か三名が重篤(じゅうとく)な症状を起こし、死ぬこともある、というていど。みにくい病魔のあとが残るため、嫌われているだけだ。  王はどう決断するのだろう?  最後の一人となった大切な姫を、この病のために使うのだろうか?  それとも、のちの世のために、今回は耐えるのだろうか?  青の一族はひじょうに長命だ。姫はきっと、あと三百年は生きるだろう。  もっと恐ろしい死病のために、今ここで姫を殺すのは得策ではない気がした。  それに……これは私情だが、監視役とはいえ、やはり長くそばにいると愛情をおぼえる。ゲイルは自分の代で姫を殺したくないと考えていた。 「ありがとう。ゲイル。ねえ、この鳥はしゃべるの?」 「もちろんです。話す鳥がほしかったのでしょう?」 「ええ。そうよ」 「声マネのとても上手な鳥です」 「わたしの声で話すのね」  きっと、話し相手にするのだろう。  監視役とはいえ、ゲイルだって、ずっと、そばについているわけではない。王に呼ばれたり、騎士仲間の話を聞きに行くこともある。姫の用事で街へ出るなど。  そんなとき、姫は一人だ。  ほかの騎士を、そばによせつけない。 「どんな言葉を教えるのですか?」 「それはナイショよ」  嬉しそうな姫の微笑を見ると、心が満たされる。  この幸福が、ずっと続けばいい。  だが、ゲイルの想いは、とつじょ、やぶられる。
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