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その日は朝から王城がさわがしかった。
なにやら、あわただしいことは、ゲイルも気づいていた。
ゲイルが寝起きするのは、姫をとじこめた城郭と王城をつなぐ渡りろうかのまんなかを仕切る一室だ。
姫がいる城郭には、ここ以外、外に通じる出入口がない。外へ出るためには、必ず、ここを通らなければならない。
つまり、王城がわからも、ゲイルの目を盗んで姫に会いにいくことはできない。
目ざめたときに、王城から妙なざわめきを感じた。
しかし、ゲイルの仕事は青の姫の監視とお世話だ。身仕度をすませると、姫のための食事をもらいに厨房へ行く。その途中、ゲイルはサリムに会った。
「大変だぞ。王妃が例の病にかかった」
ゲイルは嫌な予感がした。
今の王妃は王の二人めの妃だ。身分は低かったが、その美しさに魅せられた王が、最初の妃を追いだし、そのあとがまに入れたという、いわくつきの王妃。
「病は重いのか?」
「重くはないが、あの病は皮膚がただれる。王妃は死んだほうがマシだと泣きわめいているらしい」
やはり、そうか。
これは困ったことになった。
そう考えていると、大勢の兵士をともなって、王が渡りろうかを歩いてきた。
「ゲイル。今すぐ、青の姫をつれてまいれ。今こそ、姫の血の効力を使うときだ」
来るときが来た。
内心、こうなるだろうことは予測していた。
ゲイルは平静をよそおい、静かな口調で言った。
「今しばらくお待ちください。こんなに大勢で押しかけては姫がおびえます。舌でもかまれて自害されては、王がお困りでしょう。ここは私一人にてまいります」
「うむ」
ゲイルは渡りろうかにつながる自室へ一人で入り、扉にカギをかけた。他意はない。いつもの習慣だ。
そして、部屋の反対がわの扉から、姫のいる城郭へ行く。
ろうかを歩くあいだ、心を静めることに苦労した。
わかっていたことだ。
いつか、この日が来ることは。
父から監視の役を継いだとき、その覚悟はしたはずだ。
幼いころから、よく父につれられて、ここに遊びにきた。もちろん、ほかの騎士たちには秘密で。
初めて姫を見たとき、なんて美しい人だろうと思った。
大人になって、この人を守るのだと思えば誇らしかった。
守るべき人がいなくなってしまう。
ゲイルの胸は激しく、ざわめく。
夢みる塔へ入り、いつも姫がいる二階の部屋まで、らせん階段をのぼっていった。
扉の外に立つと、姫の声が聞こえた。
「好きよ。ゲイル。あなたを愛しているわ——さあ、言ってごらんなさい」
ゲイルの心臓が大きく脈打った。
そっと扉をあけると、姫は、あのしゃべる鳥に言葉を教えているのだった。
「言ってみて。『好きよ。ゲイル。愛しているわ』って」
「スキヨ。ゲイル」
「お利口ね。わたしがいなくなっても、毎日、ささやいて。あの人に伝えて。わたしの想いを」
胸がしめつけられる。
ダメだ。この人をニエにさしだすことなんて、私にはできない。
私には、殺せない。
ゲイルは決心した。
世界中のすべての人を裏切ることを。
愛のために命を捧げることを。
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