闇おでん屋

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 そのおでん屋には、幾つか奇妙な点があった。  まず、今は昨日に別れを告げて小一時間経とうという真夜中だ。いくら屋台といえ、こんな集客も見込めなさそうな場所でいつまでも暖簾を掲げているものだろうか。  次に店主だ。屋台は灯りが絞られ、店主の顔には深い影が投射されている。手ぬぐいを目深に巻いて、その表情は俺が暖簾を潜ってからぴくりともしない。  最後に・・・・・・これが最も奇異な点なのだが、屋台に備え付けられているおでん鍋には タネ(・・)が無いのだ。  おでん鍋には、ただ真っ黒な汁が湯気を立てていた。 「何に、いたしやしょう」  店主が無感情な声で注文をとってきた。 (何にするも何も・・・・・・)  もしかして、この汁の中に沈んでいるのか? 掬うのも一苦労じゃないか。でも注文を訊くというのだから頼んでみるか。 「とりあえず生中と、がんも」 「へい」  程なくして、中ジョッキに注がれた生ビールが先に出てきた。普通のビールだ。店主は鍋の中にお玉を沈める。ごぽりと音を立てながら、それは掬い出された。 「どうぞ」  差し出された小皿の上には、がんも・・・・・・にしては赤みがかった物が乗っていた。 「これ、がんも?」  店主は答えない。がんもを頼んで出てきたからがんもなのだろうが、まるで不格好な肉団子のようだ。  一口かじり、咀嚼する。妙な味だ。がんもってこんな味だっけ。でも悪い味じゃない。 「それは、あの子の肉なんですよ」 「え?」  いま、店主は何を言ったんだ? よく聞き取れなかった。まあいいや。次の注文だ。
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