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うろこレンズを通して見える王国の外側は、言葉では表せないような、よく分からない不安を掻き立てる、恐ろしい情景でした。
サカナンチュたちは、この景色を本物だと信じていました。
「そろそろ帰ろうよ、ナンチュ君。こんなところをうろうろしていると、カミツキザメやキョダイザメに襲われるかもしれないわ」
カナちゃんの震えた声が、水中に広がりました。
「僕は変異種なんだ。帰るところなんてないよ」
「そういう意味で言ったんじゃないのよ! おうちへ帰ろうって言っているの。ナンチュ君のパパやママも、きっと心配しているわ」
カナちゃんは胸びれでナンチュ君の服を掴み、無理やり引っ張って帰ろうとしました。
うろこレンズが曇っているナンチュ君の視界からは、外界の恐ろしさがはっきり認識できません。
ナンチュ君を想うカナちゃんの気持ちさえも、曇ってよく見えません。
ナンチュ君は、カナちゃんの言葉をぼんやりと聞きました。
「私の両親は、二匹とも変異種だったわ。全身のうろこがなくて、かわりに変な皮で覆われていたの」
うろこのかわりに皮膚を持つ変異種の個体は、体がとても傷つきやすく、カミツキザメによく狙われます 。
カミツキザメは、サカナンチュを捕食する小型のサメです。
わずかな血のにおいに反応して集まり、集団で弱いサカナンチュをいたぶります。
「サカナンチュ工場で一日の仕事を終えたパパは、城壁沿いのいつもの通勤路を泳いでおうちへ帰ろうとしていたの。その日は、パパの誕生日だった。私とママは、パパを迎えに外へ出た。私たちは誰も、パパの仕事中についた、背中の小さな傷に気がつかなかった」
カナちゃんは強がりな女の子です。
他の魚の前では涙を見せません。
「私にはもう、パパもママもいないの。ナンチュ君には元気なパパとママがいるでしょう。心配をかけさせてはいけないわ」
ナンチュ君はカナちゃんの言葉を聞いて、おうちへ戻ることにしました。
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