第1章

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 運動場に春のうららかな陽がさしている。  キャッチボールをする者もいれば、したたり落ちる汗を拭いもせずに走り回っている者もいる。タンポポの花のそばに座り込み、のんびり日なたぼっこをしている者もいる。  それぞれが思い思いのスタイルで、長い冬の後に訪れた生命力に満ちた季節の到来を喜んでいる。  そんな運動場の隅に二人の老人が座っている。 「若いっていいですなあ」  運動をする人たちを眩しそうに見ながら徳さんが言う。  髪の大半は白くなっているが、贅肉のない身体はまだ俊敏性を秘めていることを知らせる。昔はスポーツマンだったに違いない。 「いやいや、若さは苦しくもあるものです。もう覚えていないんですか?」  とナベさんは、少しいじわるな返事をする。黒ぶちのメガネをかけ、どことなく哲学的な風貌をしている。きっと学生の頃は、勉強もできたのだろう。 「そうでしたかなあ、もう大分昔のことだからあまり覚えていませんなあ」  タイプの違う二人。だが、その顔にさまざまな困難を乗り越えてきた者だけが持つ独特な穏やかさが見て取れることは共通している。  人生は自分の思う通りには進まない。でも、ある年齢を過ぎた時に振り返ってみると、何一つ無駄なことなかったと思えるようになるのかもしれない。  二人の会話が途切れたのを見計らったように、一羽のスズメが近づいてきた。  ナベさんはポケットからパン屑を取り出し、スズメに差し出す。  昼食に出されたものを残しておいたものだろう。スズメがナベさんの手から安心してパン屑を食べているところを見ると、毎日の習慣になっているのかもしれない。 「かわいいもんですな」と徳さんが言う。 「昔はスズメなんて少しもかわいいと思いませんでした。数ばかりたくさんいるけど、おもしろ味が少しもない。でも、こうして見ると一羽一羽違うんですよね」  ナベさんはスズメを愛おしそうに見つめる。 「ほお、そうなんですか? わたしにはどれも同じスズメにしか見えませんがね」 「あなたもエサをあげてごらんなさい。そうすれば分かりますよ」  ナベさんはそれ以上は言わず、ニコニコしている。 「やれやれ、この年になってもわからないことばかりです」と徳さんは少し淋しそうな顔をする。 「でも、それだからおもしろいんじゃないでしょうか。年老いても、日々、新しい発見をできるのは幸せなことですよ」
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