第1章

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 強い春風が吹いたからだろうか、あるいはお腹がいっぱいになったからか、ナベさんの手からスズメが空に飛び立った。 「よし。休憩終了だ。房に戻れ!」  制服を着た若い男が運動所にいる全員に声をかける。  二人の老人も、その声を聞き、立ち上がる。 「ところで、あなたは何の刑でしたかな?」と徳さん。 「この間も同じことを聞きましたよ。わたしは放火殺人です」 「そうでした、そうでした。最近、物忘れがますますひどくなっていますよ。いやいや、年は取りたくないものです」 「あれ? あなたは何でしたっけ?」と今度はナベさんが尋ねる。 「あなたも物忘れですか。しっかりしてくださいよ。わたしも殺人ですよ。強盗殺人です」 「そうでしたね、人のこと言えませんな。アハハハ」 「そうですよ、アハハハ」  二人の楽し気な笑い声が運動場を駆け回った。  彼らが去った後も、刑務所の運動場には春のうららかな陽がさしている。(了)
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