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僕の家は阿佐前の遠戚筋に当たってあの大戦で土地と家を失っていた。戦争に行けなかった父さんは足が悪く、この食うどころか寝るにも困る時代、どこも自分たちだけで手一杯で仕事も無かった。孤児は溢れ返り物乞いは多く、物取りや強盗も日常茶飯事な場所が幾つも在ったそうだ。僕たちの家族も明日をも知れぬ身だった。勿論せっかく生き延びたのに死んだりなんてしないけれども、僕が生まれたのは終戦少し前で、父さんたちは僕と言う乳飲み子を抱えていた。そんな時期ご当主と鳴海さんが僕たちのところへいらっしゃったのは本意で運が良かったとしか言い様が無い。
ご当主は仰有ったらしい。「赤ん坊を抱え困っているのだろう。ウチに来ないか」条件は、父さんが阿佐前の次期当主になること。正確には僕が、家を継ぐために、と言うことだった。
ご当主は、香織様をそっとしてあげたいのだろう。父さんの言だった。僕のいる父さんたちからすればこれ以上に無い申し出だった訳で二つと言わず一つ返事でお受けした。そうして取り敢えず特に物も持っていない僕たち家族は、馴染みの無いこの土地へご当主らに付いて引っ越しして来たのだが。
父さんは阿佐前を継ぐに当たってご当主のお仕事を手伝い始めた。今も覚えることは膨大で、鳴海さんに手解きをしてもらい慣らしている最中だ。僕は来年小学校に上がる。今度通う小学校も阿佐前と鳴海が支援して再開出来た場所なのだと言う。
ご当主も鳴海さんも素晴らしい方だと思う。ご当主は自らの財産を切り崩し鳴海さんがこれを巧く采配して田舎と言え多少の損害を被った地域の復興に力を注いでおられる。何より恩人だ。悪く思うことなんか微塵も有りはしない。父さんが、僕が家を継ぐことに反発が無いか心配だけどもたとえ反発されても最大限努力するだけだ。それで、僕はこのご恩に報いたい。……ただ。
引っ掛かることも、在るのだ。
「お嬢様」
「だから、普通に呼んでくれないかしら辰太。なぁに?」
香織お嬢様のことだ。
そっとしてあげたい、とお考えのご当主。僕もこのお気持ちを汲んで差し上げたい。けれども、お嬢様は、香織様はどうお感じになっているのだろう。香織様が僕たちに良くしてくださっていることも、しんた、と呼ばれはすれどきちんと字を与えられていなかった僕の名に『辰太』と付けてくださったこともわかっているけれど。
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