あおの、そら。 ─The blue sky cut off by the window.─

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 必要が無いからと父さんの代から家政婦さんは雇っていなかった。最後のお手伝いだった八女(やめ)さんが亡くなって家事の一手を引き受けたのは僕の妻の希恵だった。希恵は辰之助さんの妹である公美(きみ)さんの次女だった。そのためか、希恵は何の疑義も持たず不平も洩らさず、何より香織さんとは知己だから夫の僕より大事にしているようだった。……一応、見合いじゃなかったんだけどな。 「呼びましょうか? 僕から言っても良いですけど」 「あとで……言えたらで良いわ。香太(こうた)くんも手が放せないでしょう」  息子の香太は何にでも興味を持つ年頃で、確かに手を焼いていた。僕は苦笑いして頷いた。  負担を掛けないため消化の良いものを少量多彩に揃えていたが、けれど食の進みの遅い皿を見ながら香織さんを見やる。香織さんは食事を口に運ぶ横で、ふ、とたまに窓を見た。少し虚ろで、ここではないどこかを焦点に合わせたみたいな瞳で。部屋の中は遠くの喧騒が響いて来る外はかなり静かなものだ。  お嬢様が見据える門戸。  辰之助さんは、来ない。 「お嬢様はおきれいな方でなー……まるで幻の女よぉ。いやー、幾つになられても変わらなくてなぁ。親父より年上たぁ到底思えんかったわぁ」  酔っ払う息子に釘を刺しつつ僕もお猪口の酒を呷る。  今日は親戚の集まりだった。戦後数十年。夏の長期休みに集う親戚たち。子供たちは携帯ゲームを持ち顔を突き合わせ大人たちは酒とつまみに宴会状態。  この状況を率先して作り上げている一番の酔っ払い、息子の香太は幼子時代と変わらず希恵に叱られている。が、一切反省の色は無い。こんな風だがこれで抜かりの無い性格をしていて立派に阿佐前を任せられるのだから自分の息子とは言え人間は奥深いと考える。 「とーちゃん、“オジョーサマ”はどーしてずーっと外見てたの?」 「んぁ? ああ、それはー……じーちゃんに聞いたほうが良いだろ。な、じーちゃん! お嬢様が何で一人窓の外を見てたか教えてやってよ」  面倒臭いのか大量摂取した酒の浸透が頭の働きを鈍らせるのか香太が僕にお鉢を回して来た。すかさず「まったく、何でも面倒になったらお父さんに回すんだから!」と希恵に小突かれていた。お嬢様、香織さんが亡くなるまで、香織さんの前ではこの肝っ玉と言うかすぐ手が出るところや乱雑なとこを完璧に隠していたんだから女は凄いと思う。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加