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ある青年
「いい青空だ」
青年の前には青空があった。
高く清み、地平の彼方までシアンを行き渡らせている。そこに聳える入道雲はいかにも柔らかそうだ。
薄茶色の小鳥が鳴き交わしながら横断する。
どこからか、蝉ようなけたたましい鳴き声がする。
白い鳩が二羽飛んでいた。
一羽は入道雲の白にほとんど溶け込んで、もう一羽は青空のシアンのもとで、くっきりと輪郭を持って自らの存在を主張するようだ。
足元には瑞々しくスラッとした緑色の茎を持つ多彩な色の花々が咲き誇っている。赤い花は一際目立って、その色はまるで血のようだ。
暑いぐらいに暖かく、青年は装備の下でうっすらと汗をかいていた。
背後で爆発音がなった。砂埃が舞い青年の肌に張り付く。蝉の鳴き声に思えたけたたましい音は人々の叫びとサイレンで、この場所は戦場だった。
青年の前に高く聳えるシアン色の見事な青空は壁画で、小学校だった建物の壁だ。
誰が描いたのだろう。
地元民か。画家か。まさか小学生ではあるまい。
小学生だったのなら、青年は、青年の国は、その未来を奪ってしまったようなものだ。
この地域に住む者は、老いも若きも構わずに、最初の爆撃でその多くが命を失っている。
作戦を聞いて以降、青年の胸に刺さっていた小さな刺で出来た傷がちくりと疼いて、両手で持つ銃を下ろさせた。
砂埃が容赦なく壁画を汚す。この壁を残して瓦礫と化した小学校には、どれだけの子供が通っていたのだろうか。
目頭に熱を感じて、思わず見上げた空は煙に覆われて灰色だ。
その灰色の先に、このシアン色の青空はきっとあるのだろう。
それを汚してしまったのは、青年と青年の国だ。
再び爆発音がなり、青年は振り返った。
銃を持ち直す。
背後では、壁画を縦断する大きなひびが入り、平和の象徴である一羽を、二つに割った。
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