まどろみの中に

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 私の頭を撫でながら、彼女はぽそりとつぶやいた。 「私ね、青が好きなの」 顔を見上げて彼女の顔を見る。彼女を照らす太陽の光は逆光で影になり、顔の様子がよく見えない。 「だから、私が死んだら、故郷の海に流してほしいの」 「どうしてそんなこと言うんだ」 「私の体ね、どんどん青白くなっていくのよ。 ミルクみたいな白さじゃなくて、どんどん青さが強くなって……。 だからいっそのこと、このまま青に溶けてしまいたいの。 ねぇ、お願い。こんなこと、あなたにしか頼めないわ」 袖から伸びる細く青白い腕を、彼女は私の手をとって触らせた。 筋肉という中身を失った腕は皮が伸び、ぶよぶよとした感触とごつごつとした骨が私の手のひらに当たる。 青白い腕は人間としての限界を知らせているような、そんなことを私に感じさせた。 「……」 相変わらず逆光で見えない彼女の顔に、窓から吹いた風が彼女の長い髪をさらりと流れさせた。 「……きみは身勝手だ」 「ありがとう。自分でもわかってるわ」 「人の気も知らないで」 「えぇ」 顔の見えないのを良いことに、何かをひどく言い返してやりたい気分になった。 けれどそんな言葉は、彼女の白い手を握るとどこかに飽和していってしまい、単純な話、惚れた弱みに付け込まれたのだとその時に悟った。 「……」 「どうかお願いね」 毅然とした言葉が耳に入った途端、太陽が少し雲に隠れた。 その一瞬に彼女の表情が見たが、笑った顔なのにどこか悲しそうな雰囲気を醸し出していた。あのころに見たおしゃまな麦わら帽子をかぶった白いワンピースの可愛らしい彼女は、病によってこんなにも青に染まってしまった。悔しさでまた、目じりが熱くなるのを感じる。 「……また来るよ」 これ以上情けない姿を見せたくない一心で、彼女に背を向けた。 病室のドアを開けるときに後ろから、か細くなにかが聞こえたが、それは私が一番聞きたくないものであり、彼女に言わせるなんてしたくない言葉だった。
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