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 開店前の店内のその奥で、まさしくその人がピアノを弾いている。  なぜだか胸が詰まってしまった陽を、お金に困っている苦学生と勘違いしたマスターが、これもまた勝手に全ての条件を良い様に飲み込んで、陽はその日からにわかアルバイトボーイになったのだ。 「始めにここへ来たのはラッキーだったね。ヘタな飲み屋に紛れ込んでしまったら、君みたいな子はあっという間に乱れた世界に飲み込まれてしまうよ。ここは年齢層が高めだけど、ジャズ好きに悪い人間はいないから。うん、君を拾ったのは君の幸運でもあるし、僕の幸運でもあるかもしれない」  何が嬉しいのか、これ以上ない満面の笑みが、彼の丸い顔をさらに丸くさせる。  それは、陽にとってはあまりお目にかかったことのないむずがゆいような笑顔だった。  彼の言う幸運の意味はよくわからなかったけどラッキーには違いない気がした。
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