第5章 父の最期の言葉

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「じゃあ君のお父さんの名前は、ヨウジさん?」 武史の顔は、驚きに満ちていた。 「はい。池上 洋二と言います」 こんな偶然が、あるのだろうか? しばらくしてから、武史は口を開いた。 「済まなかった。あんな事がなければ、君のお父さんも今頃は…」そう言って、武史はあの時の状況を話してくれた。 僕はその話を、母から何度も聞かされた。 でも、知らない事が1つだけあった。 「私達は、何とか無事に引き上げられたが、聖蘭だけが見当たらない。まだ2歳だ。私は海に飛び込もうとした。するとお父さんは、自分にも同じくらいの息子がいる。だから自分が助けるんだって、そう言って彼は海に飛び込んだ。 こんな人の為に、命を投げ出す人がいるのかと私は驚いた。 しばらくすると不思議な事に、救命具の上に聖蘭が乗せられて、浮いているのが発見された。 あれだけ見回したのに。 しかし、君のお父さんは戻って来なかった」 武史は頭を下げていた。 「ありがとうございます。それを聞けただけで良かったです」それは僕の本心だった。 「ありがとう。これからも玲蘭の事、宜しく頼むよ」武史は、薄っすらと涙を浮かべていた。 そして書斎のドアの隙間から、そっと真弓が様子を伺っていた。 「ややこしい子が現れたもんだよ」そう呟きながら、真弓は顔をしかめた。
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