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駿足の夏
『……スリーアウト、スリーアウト。延長12回が終了しましたが、同点のまま、延長13回を迎えました。13回以降は導入されてから初めてのタイブレーク方式となります。タイブレークとは……』
疾風は、アナウンサーの興奮気味の実況中継を、ぼんやりと聞き流していた。テーブルには大学受験用の問題集を広げ、文房具は躍るようにあちこちに転がっている。
完治したはずの足が疼くのは、痛みを感じるからではないはずだ。
疾風は1年前、高校球児だった。高校野球を見て夏が来たと実感するよりも、甲子園を目指して夏が来たと実感する部類に属していた。高校2年だった去年、この夢の大舞台が掴んだはずだった。
学校は湧きあがり、疾風だけを残してこの夢の大舞台へと駒を進めた。
そこには疾風はいなかった。
甲子園行きの切符を握りしめ、疾風が辿り着いたのは病院だった。無くしたものは暑い夏。そして、すべて。
「疾風、悪いんだけどさ、夕飯どこかで食べて来てよ。 急にごはん食べに行くことになったから」
物思いに沈む疾風の意識を呼び戻したのは、湯上りの気安さか、キャミに短パン姿で頭をガシガシを豪快に拭く塁の声だった。
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