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「今更だけど、お邪魔して良かったのかしら、私」
そう言いながらも、本間は台所で冷蔵庫やパントリーを物色して何かを取り出しては、次々と開封しボウルで混ぜ始める。
「はははー。なっちゃん、今更それを言うの、もうお店広げといて」
近くでは森本が保冷バックからタッパーを取り出しては中身を確認し、いくつかを冷蔵庫に収めたり皿に盛ったりしていた。
「そうなんですよねえ。でも、早く飲みたいんですもの、そのワイン」
「ああ、やっぱりこれ秘蔵ものなんだ。君に何やったのアイツ」
「仕事でちょっと。円滑にいくための接待?」
「なになに、色仕掛けでもしたの?」
「いやいや、いくらなんでもそこまで片桐さんに尽くしていないですよ、私。ちょっと、ランチをご一緒しただけで」
「ふうん。それって篠原君知ってんの?知らないよねえ」
「私のプライベートに、秘書さんは関係ございません」
「うわ、きっつー」
掛け合い漫才のような会話をポンポン交わしながら、二人は手際よくテーブルにつまみを並べ始めた。
「はい、ワインにはまずこれでしょ」
薄くスライスしたフランスパンに軽く載せたパテを見て、なるほどこれを作っていたのかと合点する。
「ロゼワインか。久々だなあ」
森本は感慨深げにボトルを愛でた後、無造作に栓を抜いて薄いバラ色の液体をとくとくとタンブラーに注いだ。
「乾杯。ええと、啓介のへっぼこぶりに感謝?」
「まあ、そんなとこで」
和気あいあいとしている二人に置いてけぼりの英知は、とりあえずタンブラーに口をつける。
「・・・あ、改めまして本間奈津美です。IT関連の会社で事務的な仕事を主に請け負っています。で、ちょっと前まで同僚のトオルさんのルームメイトというか、間借り人でした」
「とおるさん?」
「えっと・・・。話せば長いようなそうでないような。ここのマンション名ってプレシャスTLっていいますね」
「ああ、そういえば」
姉が名前を告げたとき、意味ありげな笑いを浮かべていた。
「なんだったかな。プレシャス・トオルだったとかなんとか・・・」
「それです。マンション名に立石徹さんの名前が入るはずだったところを、情けをかけてTLにしたのだそうですよ」
「・・・は?」
「そうそう。ここの書類作るときにどんな名前にするかーって、麻雀しながら話しているうちに負けたやつの名前つけちゃえって盛り上がってさ、結局徹が負けて、じゃあって・・・」
「立石さんって?」
「ここの5階の住人。ええと、大学は俺んとこじゃなかったから…。あ、池山和基知ってるだろう、英知くん、大学で見かけなかったか?同期くらいだよ」
「池山、・・・かずき?ああ、あの、経済ゼミでチャラチャラしていた・・・」
つい、本音が口から滑り出してしまった。
「チャラチャラしてたんだ、やっぱり」
ぷふーっと、本間と森本が顔を見合わせ吹き出している。しまいには互いにソファに横倒しになって、身もだえしながら笑い始めた。
「あ、いや、学科が違うから接点はないけど、いつも違う女の子ぶら下げて歩ていたから・・・」
「ぶら下げて歩くんだ、和基君にもそんな時代があったんだねえ」
言えば言うほど、墓穴を掘り続けている。
「あ、いや・・・。すみません。俺の言ったこと忘れてください。ただの僻みです」
お手上げの英知は素直に頭を下げた。
「日高さん、良い人ですね~。池山さんの過去の悪行は関係者全員認識済みですから、好きなだけ暴露して構わないですよ」
肩を震わせながら涙をふく彼女から、心底面白がっていることがわかる。
「まあ、そんなビッチな池山さんの職場の同僚が立石徹さんと私で、森本さんを紹介してもらって店子になったんです」
「あ、そうそう、さっきの啓介とそのツレも同じ仕事関係。書庫のあるレジーナの方にも、関連する女の子が何人か住んでるよ。まあマンション二つ、俺の友達関係で埋めちゃったって感じ?」
その友達関係には、姉も含まれているというのか。
「お陰様で、安心して暮らせてます」
森本に向けて、本間は深々と頭を下げた。
「いやいや、なんのなんの。前カレと前カレの浮気相手はもううろついてない?」
「はい、今のところ」
「こっちもセキュリティーの精度上げてはいるけれど、予想を軽く上回る行動に出てくれるのがストーカーだからね。まだまだ気を付けてね」
「はい」
「ちょっと待ってください」
あわてて英知は割って入る。
「ストーカーって、どういうことですか?」
「ああ、なっちゃんはね。今人生最大のモテ期でね」
「いや違います。大殺界です。ろくなのが寄ってこないんだから」
ふるふると首を振る本間に、森本が慈愛の笑みを浮かべた。
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