こどもたちはプールがだいすき

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 最後のプールの日のことです。  なぜかその日に限って子供達はぐずり、水に入るのを嫌がりました。あれだけ楽しみにしていたプールを「こわい」と言い、みんなで泣くのです。  それに怒ったのは、プール当番だった学年主任でした。 「幽霊なんかいない! 先生が証明してやるから見てろ!」  彼は一人で水中に飛び込み、ざぶざぶと水を掻き分け、第二レーンへと向かいます。  私は震える子供たちの背中をさすりました。 「どうしたの? 今まであんなに楽しんでいたのに、何が怖いの?」 「先生、あのね、あのね――」  学年主任が第二レーンに入ろうと、浮きの仕切りをくぐります。  潜った頭が一瞬浮いて、そのまま沈みました。  水紋が濁り影となり、学年主任のまわりだけが不透明になります。 「――増えてるの」  足がつくはずのプールが底なし沼のように、彼を呑み込みました。鍛えられた体がなすすべもなく、影の渦に巻き込まれていきます。  嫌がる私を組み伏せた腕も。  叫ぶ私を殴りつけた拳も。  おまえの言うことなんか誰も信じねえよと吐き捨てた口も。  影の一つに、笑っている自分の顔が見えたような気がしました。  彼は今でも行方不明です。
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