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空飛ぶ猫
タンポポが活けられた牛乳瓶の縁を月の光が青く輝かせている。
風雲の佇む寂を感じるあいだ、僕とトラちゃんは忍手を合わせていた。保育園時代からの友、葉月深虎(はづきみとら)が味のある声でいう。
「まだ探すのか」
ゴールデンウィークを過ぎてもまだまだ陽気は遠い。
ぴゅうと風が吹きすさび、マフラーにあごを埋めて不調気味ののどを隠す。口の中でリンゴ味の飴玉をころりと転がした。
「トラちゃんは帰りなよ。もう十二時だし」
「リハビリがてら最後まで付き合うさ。ポッポひとりより捜索の効率はいいだろ。夜歩くのは思いのほか気持ちがいい」
「でも、ディープはもう……」
ディープとは野良の雌猫だ。凱旋門賞にあと一歩届かなかった、ディープインパクトという昔の三冠馬に足の柄が似ていたので後略ディープ。
最近その猫を見かけなくなったとあの人はつぶやいた。
うんとかわいがっていた野良猫が急にいなくなって、そのせいであの人が悲しい表情をするところなんて、それはあまりにも見たくない。それだけであの物憂い目をする先輩との交流が途絶えてしまいそうに思えてくる。
猫を探すとなれば普通は骨が折れると思いがち、でも僕に限ってはディープだけは簡単に見つけられるはずだった。
ディープが住処にしている高架下のバスケットコートで僕がアコースティック・ギターを弾くと、どんなときでも必ずディープはやってきた。倍音のハーモニクスがお気に入りの、いたく通な猫だった。
だから学校の放課後、野良猫が居着きそうな場所でひたすらギターを鳴らしてみたのだけど、夜中になってもディープは見つけられなかった。それどころか不吉なものを発見してしまった。
近くの電柱の下に〈缶詰〉と〈菊花〉が供えられていたのだ。
おそらく車の事故かなにかで、ここで猫が亡くなっていたのだろう。供花にタンポポとは子どもらしい発想だ。思いやりのある子が供養をしてあげたのかもしれない。
どこを探してもディープはいなかった。
それはつまり……
「そう辛気臭い顔すんな。まだ死んだと決まったわけじゃ」
したり顔でトラちゃんが腕組みをしたとき、遠くで鈍い音がした。
――外灯の明かりが消えた。
突然の暗転、ぞくりと怖気が背筋を這いずり上がった。
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