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まっくらのコンビニなんて災害のときの映像でしか見たことがない。
くわえ煙草の若い男の人が自動ドアの前に立って、険しい顔で夜を睨んでいた。挨拶に声をかけると沼野(ぬまの)さんは相好を崩した。
「やあ、サクと葉月じゃないか。路上ライヴの帰りかい?」
サクとは僕のことだ。
フルネームを羽鳥朔雪(はとりさくゆき)という。
「猫探しをしていたのですけど、途中で停電になっちゃいまして」
「ギター片手に猫探し? はは、そいつは変わってるね」
「いつまでも懐中電灯を向けないでください。まぶしいんですが」
トラちゃんが邪慳に鼻を鳴らす。
沼野さんは気安く謝るが、それを無視してコンビニの中に入ってしまった。トラちゃんはある理由から沼野さんのことを好ましく思っていないのだ。
「どうもすみません。愛想のない奴で」
沼野さんは鷹揚に手を振り、ふたたび空を見上げた。僕もギターケースの尻を置いて夜景をむっと眺めてみる。
てんでに散らばる星の砂はその揺らぎをより冴え冴えと輝かせ、この空の向こうに自分がいることを明るく主張している。その何億光年も離れた光を星の声とするなら、きちんと僕まで届いているよ、と手を振って応えてあげたくなる。
見慣れない停電の街並みは不気味でありながらどこか幽玄で、不謹慎かもしれないけど胸の高鳴りを覚えた。
「なんで停電が起きたんでしょうかね」
「事故でもあったのか、大方そんなところだろ。――今夜は寒いな。サクと葉月におでんをおごってやろう」
「わあ、ありがたいです」
「電気が使えないからね、少し冷めちゃってるが、そこは御愛嬌」
寒空の下で羹(あつもの)を食べるのって、なんでこんなにおいしいんだろう。ほくほくと夜食をぱくついていると、トラちゃんが怪訝そうにつぶやいた。
「なんか、焦げ臭くねえか」
倣って匂いを嗅いでみる。そういわれてみれば確かに。
「火事だな。かなり大きい」
沼野さんが煙草の灯りで指した向こうは住宅地だ。空が明るくなっている。
「……僕たちの家のほうですよね」
僕とトラちゃんは言葉を失った。沼野さんに背中を叩かれた。
「なにぼうっとしてる、早く行け」
はっとした。沼野さんに礼をして僕とトラちゃんは夜道をいっさんと走り出した。これではとても猫探しどころじゃない。
甲高いサイレンが遠く響いてきた。
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