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めくるめく赤色灯が緊急を告げていた。
普段は深閑とした夜の住宅地もいまや騒然だ。消火に励む消防隊員はもちろん怖い顔をした警察官もいて、見物に集まる野次馬を追い払っていた。
燃えていたのは古い木造アパートだった。周囲の声を聞くならく、あっという間に燃え広がったらしい。風が強くて消火が間に合わなかったようだ。住人の安否はまだわかっていない。
停電に心躍っていた自分が急に馬鹿らしくなった。胸が重たくなった。
猛火は夜を焦がし、煙は風になびいている。僕たちは茫然と火事を眺めることしかできなかった。
住人はみんな無事だったらしいと野次馬まで話が伝わり、ほっと息をついていたところで僕の携帯電話が音楽を奏でた。トラちゃんに断って喧騒を離れる。
「羽鳥くん。元気か」
久しぶりに聞くアルトの声はいつもよりさらに憂鬱そうだ。
「愛一先輩こそ、何日もマスターの店で見かけてませんけど、またもやフーテンなんですか」
この人はときたまふらりと行方をくらます風来坊になることがある。案の定、愛車であるヤマハの中型バイクを転がして、ひとり旅の途中であるとのこと。
「きみの家の近くで火事が起きているようだ。姉が報せてくれた」
「僕の家は幸いにも無事ですよ。いまは火事の目撃者をしているところで」
しばらく返事がなかった。
「先輩?」
「私が留守のあいだ、きみは彼女を探し回っていたのか」
「……なんでわかるんですか」
「いつもより、きみの声は嗄れている。……予報では明日の最低気温は四度らしいよ」
「寒いわけですねえ」
白い息を眺めて笑うと、またもや無言が続いた。
「速やかに家に帰って暖かくして寝たほうがいい。うがい手洗いは忘れずに。明日くらいにはそっちに帰れるから」
いきなり通話が切れた。
思わず携帯電話を見つめていると、けらけらと高笑いが背後で弾けた。
「やーい、ふられてやんの!」
トラちゃんが腹を抱えて僕を指差している。
「いまのがナイフ先輩か」
「だとしたら、なに」
「ポッポは女心がわからなすぎだな。無様をトコちゃんに報告してやろう」
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