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トコちゃんとは、僕と五つ違いの姉上――羽鳥常夜(はとりとこよ)の愛称だ。留守をしていなければ火事の野次馬として大いに賑わいでいたことだろう。
トラちゃんは僕という槍玉をつっついておもしろがっていたが、それにも飽いてきたのか、幾度となく生あくびを連発した。やがて携帯電話で時刻を見やると、うんざりとした様子で背伸びをする。
「今日のリハビリはもうやめ。眠い」
「あれ、帰るの」
「この勢いなら、もうすぐ消えるだろ。消火活動を見届けたいのか」
「そういうわけじゃないけどさ」
「少なくとも、うちのほうには広がらん。風向きが違うからな」
火元から立ち昇る白い煙は確かに、自宅とは異なる方向になびいている。
復旧しない停電の街並みはとても心細い。僕も一緒に帰ろう。
打って変わって北風がやむと、いくぶん寒さが和らいだ。
「あったかい春が待ち遠しいねえ」
「むしろ一足飛びに夏が来てほしいぜ」
野次馬の脇をトラちゃんと歩いていると、あっ、と黄色い声が上がった。母親と手を繋いだ小学生低学年くらいの女の子が、まっすぐに空を指差していた。
「にゃんこ!」
と、叫んだ。――猫。聞き捨てならない言質に、僕はすぐさま反応する。
「え?」
――我が目を疑った。
猫が空を歩いていた。てくてくと。そんな馬鹿な。
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