48人が本棚に入れています
本棚に追加
「ワオ」
隣でトラちゃんが感嘆を上げると、夜空の猫はぴょいんと飛び跳ね、その姿を世界から忽然とかき消した。……試しに目をごしごしとこすってみる。中空にあるのは濃い煙と闇夜だけだった。電線さえ渡らない高所だ。猫なんて空にいるわけないじゃん。
「おい、ポッポ」
「なんだい、トラちゃん」
「いまの見たか」
「ばっちり」
「あれ、猫だったよな」
「うん。猫だった。でも猫って、空飛べたっけ?」
「ひみつ道具さえあればな」
「未来の猫型ロボットはあんなにスリムじゃない」
一瞬のことだったけど、シルエットが僕の目に焼きついている。あの姿は一般的な猫の体型だった。ネズミかなにかを口にくわえ、中空にある煙の中を四足歩行していた。
猫が空を歩いたのだ。……どうやって?
指を差した女の子も「ねえねえ、ママ。にゃんこ飛んでた」と、怪訝な顔をする母親の腕をしきりに引っ張っている。これで目撃者は三人。――三人いれば群衆にもなる。
ということは、あれかしら、これってば超常現象のたぐい?
まさかね、と笑ってしまう。
けれども裏腹に、僕は数時間前に見た光景を思い出していた。
電信柱の下に置かれたタンポポと缶詰。――あれらの品々は鎮魂のための、お供え物である。
ぞくりとした。
……ともすると、いまの猫ってば超常現象ではなくて、あれか、いわゆる心霊現象ってやつか。
「どうした、ポッポ。笑顔が固まってるぞ。……気持ち悪いな」
トラちゃんの顔だって引き攣っている。
「いまの空飛ぶ猫って。ひょっとして猫の幽霊なんじゃ……」
最初のコメントを投稿しよう!