空飛ぶ猫

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「ワオ」  隣でトラちゃんが感嘆を上げると、夜空の猫はぴょいんと飛び跳ね、その姿を世界から忽然とかき消した。……試しに目をごしごしとこすってみる。中空にあるのは濃い煙と闇夜だけだった。電線さえ渡らない高所だ。猫なんて空にいるわけないじゃん。 「おい、ポッポ」 「なんだい、トラちゃん」 「いまの見たか」 「ばっちり」 「あれ、猫だったよな」 「うん。猫だった。でも猫って、空飛べたっけ?」 「ひみつ道具さえあればな」 「未来の猫型ロボットはあんなにスリムじゃない」  一瞬のことだったけど、シルエットが僕の目に焼きついている。あの姿は一般的な猫の体型だった。ネズミかなにかを口にくわえ、中空にある煙の中を四足歩行していた。  猫が空を歩いたのだ。……どうやって?   指を差した女の子も「ねえねえ、ママ。にゃんこ飛んでた」と、怪訝な顔をする母親の腕をしきりに引っ張っている。これで目撃者は三人。――三人いれば群衆にもなる。  ということは、あれかしら、これってば超常現象のたぐい?   まさかね、と笑ってしまう。  けれども裏腹に、僕は数時間前に見た光景を思い出していた。  電信柱の下に置かれたタンポポと缶詰。――あれらの品々は鎮魂のための、お供え物である。  ぞくりとした。  ……ともすると、いまの猫ってば超常現象ではなくて、あれか、いわゆる心霊現象ってやつか。 「どうした、ポッポ。笑顔が固まってるぞ。……気持ち悪いな」  トラちゃんの顔だって引き攣っている。 「いまの空飛ぶ猫って。ひょっとして猫の幽霊なんじゃ……」
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