空飛ぶ猫

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 オレンジジュースが目の前のテーブルにことりと置かれる。 「では根拠を聞こう。きみはなぜ、幽霊がいると信じている」 「いや、特に、信じきってるわけでは」  弁解口調で返してしまう僕をコバルトブルーの瞳がじいっと見つめている。 「幽霊を信じている、きみは先ほどそういったはずだが。食言(しょくげん)か」 「……曖昧ですみません。幽霊とか妖怪とか超常現象って、漫画とか小説にいっぱい出てくるじゃないですか。それって人口に膾炙するジャンルですよね。だからたぶん、世界にはミステリーな存在があって然るべきなのではないかと」 「それはフィクションの話だろう。あくまでも空想の産物。――他者の言葉や先入観によらないもので、羽鳥くん本人の実体験に基づいた幽霊を信じるに足る出来事が過去にあったのかい」  ……この先輩は時々、すごく意地悪になる。いまの質問は大抵の人間が〈ノー〉としか答えられない。 「時代というフィクションの波に飲まれた、いち若者の姿だね」 「先輩だって五つしか僕と年齢が変わらないでしょ。そういう先輩は幽霊をどう捉えてるのですか」 「私は自分の目でじかに見た物事しか信じない」  今日この店で久しぶりに会って、愛一先輩は初めて感情といえるものを表した。胸の奥がきゅうと絞られてしまいそうな、口元だけの笑み。 「思いこみはいつだって大敵だ。客観の情報に第三者の主観が混じると、おおむね正しい結論には至れないからね。幸か不幸かわからないけど、私はいまのところ幽霊と呼ばれるたぐいの存在に出くわした経験は一度もないよ」 「幽霊はいないと考えてるのですね」 「さあ」  おや、意外な見解を口にした。 「でも、いま、目で見たものしか信じないって」 「これからひょっこり、未知との遭遇をするかもしれないだろう。出会う機会があれば、挨拶くらいは交わしたい」  狐に摘まれたような話だった。  ウェイトレス姿の先輩は盆を胸に抱くと、ではごゆっくり、といって黒髪のポニーテールを揺らしながら仕事に戻っていってしまった。
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