攻略対象かもしれない旅人

　今年の夏は暑い。尋常じゃない。
　夏といえば海！　――と言いたいところだが、僕はそんな普通の存在じゃない。
　夏は――いや、春夏秋冬、家で恋愛シミュレーションゲームをするに限る。
　そもそも、何で家の外に出るんだ？　家の中なら快適な気温で過ごせるというのに。熱中症になる可能性がある外へ出るより冷房が利いた部屋でレトロギャルゲーをやる方がどっからどう考えても最高だ。
　レトロギャルゲーは言うまでもなく、一昔、二昔前の男性向け恋愛シミュレーションゲームのことだ。
　今の時代、据え置きのゲームソフトはなかなか出にくい。特に男性向け恋愛ゲームの新作はほぼその道の老舗の会社でしか作ってない。
　18禁の方はまだそれなりに出てるらしいけど。
　今やっているゲームは2001年発売のPC《パソコン》ソフト『カラフルパレット』だ。これのトゥルーエンドを目指している。
　この『カラフルパレット』はいわゆる金太郎飴展開の作品で、特定のヒロインのルートに入ると残りのヒロインの一人は死に、もう一人は自然といなくなる。
　赤羽(あかば)は実は不治の病に冒されていて死ぬ。碧生(あおい)は交通事故で死ぬ。菜黄(なぎ)は特に何事もなく、いつの間にか出番がなくなる。
　その後、主人公が選んだヒロインと死んだヒロインとの間で葛藤するのが話のメインになり選択肢で派生したエンディングを迎える。
　ついでに菜黄のルートだと、赤羽と碧生のどっちを死なせるか選択肢で調整できたりする。
　今、ちょうどトゥルーエンドに重要なイベントが控えている海水浴場に来たところだ。
　あらかた個別ルートを終えたので、真エンドに繋がる通称・ハーレムルートに入るのを目指している。
　古いゲームで攻略サイトも殆ど消えている。ハーレムルートの情報は確かにあったってことと、かなり面倒だってことだけだ。
　ゲームの中の主人公は寝坊してヒロインたちを待たせている。
　僕は主人公になりきって少し急いでテキストをクリックする。場数を踏んでいるので、早読みは得意だ。
　ちょうど待ち合わせ場所の海の家の前に着いたとき、不思議なことが起こった。クリックする手が止まる。
　唐突に見たことも聞いたこともない新キャラの立ち絵が現れた。メロン味のかき氷を片手に持った魔女っ娘がこっちを見ている。
「――隠しキャラ？」
　このゲームにはかなり浮いたキャラデザだ。