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「ねえ、今日の空の色は?」
大空を見上げながら、彼女は切なげに僕へと訊く。
病弱故か儚いほどに真っ白な髪と、それが嫌に似合ってしまうほどに可憐な彼女。
そんな彼女を見下ろしながら、僕は答える。
「……青空だよ」
こうして言っておけば、彼女の脳内は大好きな青空で埋まるだろうと邪推して、何の迷いもなく言った。
けれども、彼女は妙に不満げで。
「嘘だね。この匂いは……雨の匂いだ」
確かに、周囲には雨が降る直前特有の、いわゆる『雨の匂い』が漂っていた。
気付かれたかと小さくため息を吐いて、申し訳なそうにポリポリと後頭部を掻いて。
けれども、そんな一連の動作は彼女には全く見えていなくて。
「フッフッフ、私を騙そうなんて、三日早いよ」
「……えらく現実的だな」
「当たり前だよ。現実じゃないと困るもん」
彼女が三日後に控える予定は、彼女の世界を一変させる出来事。
見たこともないくせに大好きだって豪語する青空を、やっと見れる日。
「ね。晴れるといいね」
「そうだな」
そう言いつつ、彼女の閉じたままの瞳を見つめる。何も像を映さない役立たずのその瞳は、三日後に果たして何を見るのだろうか。
働くことの素晴らしさを身に沁みて分かってくれれば、二度と盲目になどならないのだろうか。
「ああ、楽しみだなぁ。どんなに綺麗なんだろう」
見えない目を輝かせて、自身の胸の前でこれ見よがしに手を組んで。まるで祈るかのように、彼女は空を見つめていた。
今日の天気は――重苦しい曇天。いや、ポツポツと雨が降り出してはいるので、もしかしたら本降りになる可能性もあった。
「さ、降り出してくる前に病室へと戻ろう」
「えー、もうちょっとくらい外の空気を吸わせてよ!」
「……こんな街の空気が美味しいもんか」
「そうだけどさ……」
ずっと問題視されてきた大気汚染はいよいよ深刻化し、ガスマスク着用が義務付けられるようになるのも時間の問題となった昨今。おまけに降るのは酸性雨。そんな世界じゃ、真に青い空なんてそうそう見れるものじゃない。
だから、僕は。
「とにかく、一旦帰るぞ」
「むー、分かったよー」
彼女に希望を見せるだけ魅せて、現れる予兆すらない『青空』なんてのは嫌いだ。
――彼女の車椅子を押しながら、三日後の天気予報が『曇り』であることを示す携帯の画面を見て、僕は小さく歯軋りをした。
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