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希理はやっと重い口を開いた。
「芸術家って知ってるか? 連中はな、創作中は他のことが全く見えないんだ。だから、子供が火傷しても階段から落ちて怪我してても気付かない。全部、終わってからじゃないとこっちを見ないんだ。俺の母親はそんな女だ。
俺は理解に苦しんでる。彼女は不特定多数の恋人がいて、自由に家に出入りさせる。俺の親父は帰って来なくなった。母親の絵は結構高く売れてるから、画商も何人かやってきて長い事うちに居座って勝手に台所や風呂場を使うんだ。だだっ広い家なのに、俺の居場所はない。部屋はある。朝になると知らない奴が俺が寝てるベッドに入り込んで寝てることもある。何もしてこないならそれで問題はなかったんだ。でも、去年の冬。俺はその一人に……」
言葉が途切れたと思ったら、複雑な表情を浮かべて戸惑っている彼を感じた。たぶん、彼はその男に淫らな悪戯をされたのだろう。琥珀がぼくにしたみたいなことを、この子は大人からされた……。
「どうしたの?」「……驚くと思う」
「ぼくは構わないよ」「俺が構うんだよ」
「言いたくない?」「思い出すのさえ嫌なんだ」「そうかい」
ぼくは無理強いはしない。されるのが嫌なことは、絶対にしない。だけど、どうしようもなく彼の苦悩を癒してあげたいと思った。ぼくは自分よりも繊細で苦しんでいる希理に、強く共感してしまったのだ。
今にも泣き出しそうな瞳が揺れているのを見ているだけで、苦しくなる。
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