第3章

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 これはただの偶然なんかじゃない。封筒の送り主は、私を希理に引き合わせたいのだ。「Bud of a rose」を調べると、「薔薇の蕾」という意味。差出人は、私の名前を知ってる―――。  喫茶店に行くと、背の高い細見の年配男性が待っていた。他にお客さんのいない、静かで小さな喫茶店。淹れたての珈琲の香りが満ちていて、マスターお手製の本日のケーキがおまけでついてくる。そんな不思議で素敵なお店だった。 「早速ですが、履歴書を」 「はい、これです」  慌てて書いたから、字が少し乱れていたけれど、高村と名乗った黒服の男性は無言で履歴書に目を通した。そして、 「守秘義務契約を結びたいんです。有森アンという画家の名を聞いたことは、ありますか?」 「あ、はい。名前だけですけど……」 「彼女が契約者です。一人息子のぼっちゃんは発達障害を持っていて、他人と意思の疎通が効かない時期がありましてね。学校に通ったことがないんです。今、十六歳になったばかりなんですが、急に自閉症が改善して意思の疎通はできるようになったのですが、まだ社会に出て大勢の他人の中でやっていくレベルではないんです。そういう事情ですが、吾妻さんは心理学科の生徒さんということで、ご理解頂けますか?」 「はい。勉強しております。だからこそ、お力になりたい、と思いました」  高村さんの説明は淀みが無かった。あの希理が自閉症スペクトラム障害を持っていたなんて、全然気付かなかった。いや、もしかすると詭弁なのかもしれない。家庭環境が複雑過ぎて、希理は一過性の引き籠り状態に陥っていただけなのかも。 「あの。私に、家庭教師をさせて下さい! 私、問題を抱えて困っている子を助けたいんです。将来、希理さんのような人を対象とした心理士になって、心療内科を開きたいと思っています」
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