第3章

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 それは本心だった。私の熱弁に関心したように、高村さんは薄く微笑んだ。 「では、早速ですが契約書を読んで下さい。守秘義務は絶対に守って貰います。もしも、契約違反が起きた時はあなたの将来に悪い影響を与えることだけは念押ししておきます。ぼっちゃんの父である有森司は精神科医ですからね」 「知ってます。有森精神病院の後継者ということは、篠田先生から聞いたことがあります」 「そうですか。では、司が行方不明ということも?」 「……いいえ、それは初耳です」  私は驚いていた。希理が心配になってきた。 「ぼっちゃんがまだ五歳の時です。ある夜、突然家を出て行ってしまいました」  高村さんは暗い顔をして、そう言った。 「……特殊なのはぼっちゃんの発達障害だけじゃないんです。ここから先の話は追々しますが、まずはぼっちゃんに会って貰って、勉強が教えられるかどうかもテストしないといけませんね」  気を取り直したように、高村さんはそう言って一通りスケジュールや段取りを説明してくれた。執事という言葉が相応しいそのマネジメント振りに、私は感銘すら受けていた。  面接の日の二日後。  私は初めて有森家の門の前にやってきた。入口は映画で見るような立派な石が積まれた塀と黒い鉄格子が芸術的に並ぶ、洋館の門。生い茂る庭の木々によって、肝心のお屋敷がまだ見えない。同じ町にこんな異世界風の屋敷があるなんて知らなかった。  そこは高台の上の森の入り口で、広大な山を背にして聳え立つ古城のような風格があった。でも、こんもりとした森の覆われて、町からは見えない。  話に聞く希理は、長い間この古城から出られないか弱い少年だったという。それが、十五歳になった途端に変わった……。私との出会いが、彼に影響を与えたのだと思うと、嬉しさで胸が溢れてくる。でも、黙って消えた私にどんな感情を持っているのか、気掛かりではあった。
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