第1章

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 アンさんの描く絵は美しくも残酷な描写で、一般的な人の目には入らない特殊な市場で取引されているそう。クリスさんは元々欧州で画商をしていて、東洋文化と西洋文化が混在するアンさんの画風に惹かれ、来日した。アンさんが特殊な才能で絵を描く画家だと知った衝撃と感動で、彼は彼女の虜になった。司さんはそんな二人の関係を受け入れている変わった旦那様。少し前まで、十年以上も家出していたのだから、その葛藤は相当なものがあるのだと私は感じている。  私は大学で心理学を学び、精神科医の司さんとは師弟関係が築かれようとしていた。 「君は希理にとって、絶望から救い出してくれた女神様だからな」と、しょっちゅう揶揄われているけれど、私の方こそ希理に救われたのだから、おあいこ。  私と希理の出会いは、衝撃的だった。 ***  強風の中、横に流れる乱れ髪から覗く強い瞳に釘付けになった。その日、私は死ぬつもりで上ったビルの屋上に、彼が現れた。  これから死ぬとは思えない程、頬を上気させている彼を見て、緊張の糸が緩んだ。彼が来るまで一時間以上も、私は葛藤していたから。  本気で死のうと決意したのは、誰からも理解されない問題をいくつも抱えていたからだ。生きていく自信も希望も失うほど疲れていた。そんなところに現れた彼もまた、死を覚悟してやって来たと言った。 「……じゃ、お先にどうぞ」 「っ! なんだよ、お前! 怖気づいたのかよ!」  希理は煩かった。これから死ぬっていうわりに、元気が良い。変な奴だ、と私は心中で笑っていた。 「な……んだよ!!お前が先に突っ立ってたんだから、先に飛べよ!」 「じゃ、あんたが背中を押して」 「はぁぁぁあ?」
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