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「審査してほしいって言うし、勢いで勝手に始められちゃったけど、伊佐市にそんな文化ないよ」
俺と京子は、そんな根本的なことを今さら言われ、ポカンと口を開けた。
でも確かにシゲの了承を受けずに、勝手に始めた俺と京子も悪いけども。
けどラップの”ディスり合い”って、勢いで始めるとこともあるじゃん、とか、いろいろ言い訳の言葉も浮かんだんだけども『伊佐市にそんな文化ないよ』に、妙に納得してしまった部分もあった。
ここは鹿児島県伊佐市、鹿児島県・宮崎県・熊本県の県境に位置し、県本土最北の市。周囲を九州山地に囲まれた盆地で、大きな川も流れているので、広大な水田がひらけている……要はのどかな市だ。
そんなのどかな伊佐市には『ディスり合い』なんて文化は無い。確かにそうだ。
そして俺は伊佐市の高校に通う、一般的な伊佐市の高校生二年生の山田駿太(やまだ・しゅんた)だ。どうだ、それなりに一般的な名前だろう。
別に一年前に東京から引っ越してきたとか、そういう設定も無い。ずっと伊佐市、今日も今日とて伊佐市民だ。市外の高校に通う中学時代の友達もいるが、俺は毎年伊佐市民だ。
さらに言うと俺の隣で、ずっとバカみたいに口を開けたままの京子もずっと伊佐市民だ。というか幼馴染で、ずっと一緒の腐れ縁だ。
何をしても俺と京子は一緒、家は隣同士、クラスは必ず同じクラスになり、得意な科目は音楽、部活の上下関係が嫌で帰宅部、学力は同じく中の下、そして趣味がラップと、何から何まで一緒で本当に嫌になる。
何から何まで一緒でなければ本当に良かったのに。お互いに。絶対そう。
きっと京子も、むしろ京子こそ俺と一緒が本当は嫌なのだろう、さっきもまた喧嘩になり、ついに優劣を決めることに勢いでなったのだ。それがラップでのディスり合いだ。
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まず俺のターン、ビートが無くたって韻が踏める。
心臓が、生きていることが、つまり俺自身がビートなのだ。
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