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ウィッグに眼鏡に帽子それは相変わらずだけど、それでもいいやって今は少しだけ思える。
電車のコンパートメントタイプの座席に向かい合って座っている斎藤君の手首には僕とお揃いの腕時計が巻かれている。
渡したときは驚いた顔をしていた斎藤君だけど差し出した僕の手が震えていることに気が付いたみたいで「そんな緊張するな。」と笑ってから受け取ってくれた。
それからは大体いつも付けてくれている。
くすぐったい気分になるけれど、斎藤君の腕に巻かれた腕時計を見るのは好きだった。
駅の売店で買ったスナック菓子をつまみながら斎藤君が外の景色を見ている。
「僕、電車で旅行とか初めてだ。」
僕の場合大体の事は初めてなんだけどそこを気にしてもどうしようもない事は、もうちゃんと分かっている。
僕も一口お菓子を貰う。
普段あんまり食べることは無いけど、旅行って感じがしてとても楽しい。
「俺も、いつも一人だからなあ。」
窓の外を見たまま斎藤君が言う。
実は結構楽しみなんだと斎藤君が笑った。
電車は閑散としていて穏やかに時間が流れている様に見える。
「斎藤君はいつも電車で写真撮りに行くの?」
「ああ、だからバイクの免許欲しいって思ってるんだけど……。」
「へえ!バイクかあ!」
斎藤君が乗ったらきっと恰好いいだろうなと思う。
「免許取れてすぐには駄目らしいから、後ろに人乗せて良くなったら針宮も乗ってみるか?」
「うん!」
二人で風を切って走るのはきっと楽しい。
「じゃあ、バイト頑張る感じ?」
「ああ。」
寂しくないと言ったら嘘になる。だけど、それよりも僕も何か頑張ってみようという気持ちの方が大きい。
「じゃあ今日は沢山息抜きしないとね。」
「ああ、まあ。」
妙に歯切れの悪い斎藤君をみて不思議に思う。
「まずは、海辺で撮影だから。
針宮モデルしてくれるんだろ?」
「僕で良ければ。」
「針宮がいいんだよ。」
思わず顔が真っ赤になる。
視線が合わせられなくて下を向いて、ごまかすみたいにお茶のボトルに口を付けた。
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