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「ふたばぁ」
「なんだい、タクシーなら呼べないよ」
「どうして!」
その問いは半ば絞り出した叫びのようで、発した一人自身が驚き背筋がびりりと痺れる。
「残念ながらこっぴどく止められている。みちるとまさ坊にね、お前さんがたとえ試合の時間に目が覚めることがあったとしても、絶対に安静にさせていろとな。お前はその足引きずってでも球場へ行くつもりだろうがな」
「そんなもの関係ない、おれは行くぞ」
一人は全身の筋肉を総動員して立ち上がり、部屋を見回すが、グラブも帽子も、ユニフォームもいつもの場所には見当たらない。
「ふたばぁ、どこに隠したっていうんだ。あんたまでおれを止めなくたって良いはずだ」
一回の表、プレイボールのサイレンが鳴ったテレビ画面を見つめたまま、彼女は一人と目を合わせることはない。いつも通りタバコに火を灯し、ゆっくりと大きく天井に向かって吐かれた煙は、薄暗い部屋の中でテレビの光を反射していつもより輪郭を帯びる。
「私はお前さんがどうしようたってどっちでも構わなかったんだがね、みちるのやつがえらい剣幕だったもんでね。おそらくお前さんが強く望めば私が特に止めはしないことをよくわかっていたのだろう。絶対に来させるなと、何があっても。そう言われている」
自分を何とか決勝まで休ませるため。自分たちの力だけで準決勝を突破する。みちるが考えそうなことだし、真人をはじめメンバーは一人の仇討ちだなんてテンションで躍起になっているに違いない。みちるがふたばぁに念の上に念押しをした光景が手に取るように見えた。
『打ちました1番の香川くん、高いバウンドのショートゴロですが、ランナー足が早い!ショートがやっと捕球して送球態勢!ーーしかし投げられません!俊足香川、早速出塁でチャンスを作ります。ノーアウトランナー1塁!』
実況が香川のいつも通りのプレイをことさら大きく伝えてくるのが聞こえても、何故だか一人に安堵の感情はよぎらず、むしろ不安に駆られてくる。
自分が存在することで作られた時の流れが、自分の預かり知らぬところで動いている感覚、これまで扇の要で操ってきたものがするりと手元から滑り落ち、自分は檻の中に取り残されるような焦りが、一人の全身を包む。
「ふたばぁ、行かせてくれ」
彼女はやはり視線を合わせてはくれない。
「カズ坊、今回のそれはちと難しい相談だ」
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