1章・フランスからの依頼人

5/6
261人が本棚に入れています
本棚に追加
/268ページ
「なっ、なんてことを……!」 あんぐりと口を開いて青年は硬直した。 その足元には弾丸のせいでついた焦げ跡がある。 「俺が今何をしているのか、分からないのか。その傷一つない目は飾りか? お前のせいで、俺の大切なシャツが焦げたらどうするんだ。この、流行おくれの金髪ダサ男が!」 「りゅうこう、おくれ?」 手に持っていた封筒が、はらりと青年の手から滑り落ちる。 震える青年を鼻で笑い飛ばし、ルイスは封筒を拾う。 「……彼女の名前は確か、オデット・ディノワールだったか。大事な女性だったのだろう? ノエル・ディノワール君」 「なぜ、オデットの事を? 手紙を読んでいないのに――」 ハッと意識を取り戻した青年が、興奮した面持ちで駆け寄ってきた。 アイロン台を挟んで立つ青年の眼前に、ルイスは封筒を向けた。 「切手に記されたフランス語。差出人の姓はディノワール。走り書きしたサインと乱暴に切り取られた切手から、差出人は相当錯乱していたことがうかがえる。消印を見て察するに、今から3週間以上は前の出来事を知り、慌てていたのだろう。――ここで思い出したのが、ひと月前に屋敷の裏手にある教会で埋葬されたフランス人女性のことだ。名前は【オデット・ディノワール】。彼女は身内が故国にいたというのに、孤独のうちに土の中へ埋められたらしい。由緒正しきフランス貴族であるディノワール家の出自であるにもかかわらず、内々に処理されたことを知った君は、着替えを持たずに家を飛び出した」 ルイスは封筒をノエルに渡し、「汚い恰好のまま、あまり動き回らないでくれよ」と釘を刺した。
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!